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【安保改定の真実(2)】動き出した岸信介 「経済など官僚にもできる。首相ならば…」 ダレスに受けた屈辱バネに

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【安保改定の真実(2)】
動き出した岸信介 「経済など官僚にもできる。首相ならば…」 ダレスに受けた屈辱バネに

人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げを前に最後の仕上げをする旧ソ連の技術者(NASA提供)

 「首相とはそういうものじゃない。経済は官僚がやってもできる。何か問題が生じたら正してやればよいのだ。首相であるからには外交や治安にこそ力を入れねばならんのだ」

 にもかかわらず、安保条約改定を掲げなかったのは対米交渉の難しさを実感する苦い経験があったからだ。

 昭和30(1955)年8月、岸は民主党幹事長として外相の重光葵の訪米に同行した。国務長官のジョン・ダレスとの会談で、重光は唐突に「日本は現行条約下で増大する共産主義の宣伝工作に立ち向かわなければならない。共産主義と戦うための武器がほしい。これを条約改定で得たい」と安保改定を求めた。だが、ダレスはけんもほろろに言い放った。

 「偉そうなことを言うが、日本にそんな力はあるのか? グアムが攻撃されたとき、日本は米国を助けに来られるのか?」

 屈辱ではあったが、やりとりを聞きながら岸は「ダレスが言うのももっともだが、やはり日米安保条約は対等なものに改めなければならない」と感じ入った。

 以後、岸は安保条約改定を最大の政治課題と位置づけ、首相就任直後から着々と布石を打っていくが、日米両政府が公式に改定交渉で合意したのは昭和33(1958)年9月11日。その秘密主義は徹底していた。

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