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【子・孫が語る昭和の首相】福田赳夫は敗者か?「いや、勝者だ。金権を否定し理念貫き通した勝者だ」…康夫氏インタビュー

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【子・孫が語る昭和の首相】
福田赳夫は敗者か?「いや、勝者だ。金権を否定し理念貫き通した勝者だ」…康夫氏インタビュー

昭和56年10月、「人口と開発に関するアジア国会議員会議」に出席した福田赳夫元首相(左から2人目)。右端は随行した福田康夫氏。小泉純一郎(左端)、森喜朗(中央)の両氏も随行した=北京・人民大会堂前(西出義宗氏撮影)

 --父の福田赳夫元首相は、大蔵省で順調に出世を重ね、事務次官は確実といわれていた。同時に、官僚の時代からいずれは政治家という強い意識も持っていたと聞いている

 「福田赳夫(以下、福田)の家が、祖父(幸助)から代々、群馬県金古町長を務めていたこともあろう。地元の人たちからは『末は大蔵大臣』と輿望(よぼう)を集めていた。最後は、福田の母親、つまり私の祖母(ツタ)が『これからは政界に出るのがいいのではないか』と背中を押した」

 --政治のライバルとなる田中角栄元首相は「金権」といわれ、福田は「潔癖」にこだわったようにみえるが

 「もともとが農家育ちで、ぜいたくには縁がなかった。大蔵省に入ると戦争の時代になり、終戦直後はものすごいインフレが襲い、経済は混乱した。その中で、福田は銀行局長のころ、貯蓄が必要だと説いて、『救国貯蓄運動』を展開した」

 --暮らしていた東京・野沢の自宅にしても、目白の「田中御殿」と比べると相当質素だったと聞く

 「野沢の家は戦時中に建てたもので、非常に小さな家だった。その後、増築に増築を重ねたためか、地震が来たら危ないといわれる建物になってしまい、今は取り壊してマンションになった。福田の冗談にこんなのがあった。『わしには《二》がない。家は自宅だけ。女性も家内1人だ』と。とにかく、質素が基本だった。福田に別荘を勧めてきた人が何人もいた。しかし、全部断った。政治というのは上が緩むと下まで全部緩む-これを信条にしていた」

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