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【秘録金正日(18)】名をはせた普天堡戦闘…実態は犠牲者幼児1人  虚構の進軍命令、ソ連軍は「対日戦に参加させず」

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【秘録金正日(18)】
名をはせた普天堡戦闘…実態は犠牲者幼児1人  虚構の進軍命令、ソ連軍は「対日戦に参加させず」

普天堡戦闘で、朝鮮住民に演説したとする金日成を描いた北朝鮮の宣伝画(北朝鮮刊行の『赤い陽の下、抗日革命20年』から) 普天堡戦闘で、朝鮮住民に演説したとする金日成を描いた北朝鮮の宣伝画(北朝鮮刊行の『赤い陽の下、抗日革命20年』から)

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 金正日(キム・ジョンイル)は2010年8月、父、金日成(イルソン)が学んだ中国吉林市の毓文(いくぶん)中学校を訪れた。2年前に脳卒中で倒れてからは体調が優れず、無理を押しての外遊だった。真偽は不明だが、後継者の金正恩(ジョンウン)が同行したとも伝えられた。事実なら「革命発祥地」として、見せておかなければならない何かがあったのか。

 1927年2月、日成は父、金亨稷(ヒョンジク)の知り合いを頼りに毓文中を訪ね、中学2年に編入した。旧満州で漢方医をし、独立運動にも携わった亨稷は、地元朝鮮人社会でそれなりに名の知られた存在だったようだ。

 日成は回顧録『世紀とともに』で、こう振り返る。

 「吉林にいる名士らは、ほとんど父と面識があった。父の親友らの家を頻繁に出入りし、そこで独立運動指導者たちに出会った」

駐在所はぬけの殻

 毓文中時代、金日成は中国の文豪、魯迅やロシアのゴーリキーの作品を読み、マルクスの『資本論』にも接したと記す。共産主義活動家として一歩を踏みだし、小さな独立運動組織の会合にも顔を出した。だが、それが原因で29年5月に逮捕され、半年ほどを監獄で過ごす。

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