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【ジャイアンツ通信】原監督が語った「九州の少年時代」 まるで三丁目の夕日「駄菓子屋通いの日々だった」 

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【ジャイアンツ通信】
原監督が語った「九州の少年時代」 まるで三丁目の夕日「駄菓子屋通いの日々だった」 

生まれ故郷の福岡でのオープン戦に快勝。選手を出迎える巨人原監督=12日、ヤフオクドーム

 巨人の原監督といえば、東海大相模高の1年夏から甲子園へ出場してスター選手となり、大学も東海大。プロ野球名鑑には神奈川県出身と記載されていることが多いが、生まれは福岡県大牟田市だ。ソフトバンクとのオープン戦が行われたヤフオクドームの三塁側ベンチで試合前、指揮官は報道陣へ九州での少年時代の思い出を懐かしそうに語った。

 1958年生まれの原少年は他の同世代の子供たちと同じく、小遣いを握りしめ、駄菓子屋に足しげく通った。「串に刺した酢イカとかを売っていた。買い物するとくじが引けたけど、なめると『スカ(外れ)』という字がよく出たね」

 母親には駄菓子屋通いを隠していたが、すぐにばれた。「スモモを買い食いすると、口の中が(食紅で)真っ赤に染まっちゃうんだよね」

 もう一つ大好きな食べ物があった。「カステラみたいにふんわり甘くて、形は富士山みたいで。名前は何といったかな。甘食(あましょく)? それだよ!!」

 家族で地元の百貨店の食堂へ出かけると、お子様ランチを食べるのが楽しみだった。「ご飯の上に旗が立っているのがうれしかった。そうだよ、俺は庶民だよ今でも。さすがにお子様ランチは食べないけど」(笑い)

 7歳の小学1年だった65年には、父親の貢(みつぐ)さん(昨年5月死去)率いる福岡県立三池工業高が夏の甲子園で初出場初優勝の快挙を達成。労働争議や爆発事故といった暗いニュースの続いた炭鉱の街を大いに沸かせた。

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