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【大人の遠足】徳川四天王、無敵の本多忠勝をしのぶ 房総の小江戸・大多喜

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【大人の遠足】
徳川四天王、無敵の本多忠勝をしのぶ 房総の小江戸・大多喜

 黄色い1両編成の列車が西に向かう。房総半島南部を走るいすみ鉄道。冬の陽光を浴びて白いスイセンの花が揺れる。のどかだ。

 千葉県大多喜町に到着した。観光協会の富澤清行会長(68)が笑顔で迎えてくれた。

 「戦国時代最強の武将といわれる本多忠勝(ただかつ)が城主でした。歴史と自然が調和、ホッとする城下町です」

 忠勝は徳川家康の四天王といわれた。槍(やり)を持って出陣。無敵を誇った。天正18(1590)年、大多喜城に入城した。城下町案内人の佐久間和夫さん(66)とともに、まずは城山を目指す。

 「当時、房総半島南部には戦国大名の生き残り、里見氏が勢力を張っていた。その押さえとして勇将、忠勝が抜擢(ばってき)されたのです」。城の周囲に夷(い)隅(すみ)川が流れる。江戸時代、民衆は漁を禁じられ、別名「御禁止(おとめ)川」と呼ばれていた。

 「歴代城主は、川で捕った紫コイを生きたままヒノキのたらいに入れて将軍に献上していたそうです」

 本丸のあった山頂に着いた。江戸時代後期に焼失。昭和50年に再建された。城内は千葉県立中央博物館大多喜城分館となっており、鎧(よろい)や刀、火縄銃などが展示されている。ひときわ目につくのが、本多忠勝の絵だ。荒々しい戦国武将の容貌をしのぶことができる。

 城山の麓に大井戸があった。籠城戦に備えて掘った。8角形で周囲17メートル。「底知らずの井戸」といわれ、水が枯れたことがないそうだ。

スペイン人を歓待

 2代城主、本多忠朝(ただとも)にも興味深い逸話がある。慶長14(1609)年、スペイン人のドン・ロドリゴ一行が乗った船が房総半島沖で遭難した。地元漁民が救助、忠朝は城で手厚く歓待した。その後、ロドリゴは家康と会見。新しい船で、無事、帰国している。開明的だった忠朝だが、大坂夏の陣で突撃し、戦死した。

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