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【記者のイチ押し】野口英世ゆかり唯一の研究施設 横浜「旧細菌検査室」で遺徳しのぶ

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【記者のイチ押し】
野口英世ゆかり唯一の研究施設 横浜「旧細菌検査室」で遺徳しのぶ

野口英世博士が働いていた当時の様子を再現した「旧細菌検査室」の内部。奥の窓からは昔、海が見えたという=横浜市金沢区

 アフリカで黄熱病の研究に命をささげ、千円札の肖像画にもなっている世界的な細菌学者、野口英世博士(1876~1928年)がかつて働いていた建物が横浜市金沢区にある。シーサイドライン幸浦駅から徒歩約15分。緑豊かな長浜野口記念公園内に建つ、野口博士ゆかりの研究施設としては国内で唯一現存する「旧細菌検査室」だ。

 旧細菌検査室は、明治28(1895)年に建てられた「横浜海港検疫所」の建物群の一つ。野口博士は32年5月に22歳の若さで入所し、9月までの5カ月間、検疫業務に携わった。

 「野口博士はここで熱心に、顕微鏡で細菌を観察していたそうです」

 旧細菌検査室の隣に建つ、横浜海港検疫所の旧事務棟を復元した「横浜市長浜ホール」の長谷良夫館長(61)に案内してもらい、室内に足を踏み入れた。

 古い顕微鏡やてんびんといった備品が置かれて当時の様子が再現され、熱心に細菌を見つめる野口博士の姿が目に浮かぶようだ。昭和に入って埋め立てられる前は、検査室の窓から海が見えたといい、長谷館長は「仕事に没頭しつつ、時に海を眺めていたのでは」と思いを巡らせる。

 入所して間もない同年6月、野口博士は早速、実力を発揮した。横浜港に入港しようとしていた「亜米利加丸」の乗員2人がペストに感染しているのを発見し、隔離に成功。この功績により、当時ペストが流行していた清国に派遣されることになった。世界へ飛躍する第一歩をこの場所から踏み出したともいえる。

 検疫所は昭和27(1952)年に横浜市中区に移転。旧細菌検査室は放置されて荒廃し、取り壊しが決まっていたが、若い頃に野口博士の伝記を読んで感動したという同市の主婦、小暮葉満子(はまこ)さん(81)が54年に始めた保存運動が実り、平成8、9年に大規模改修が行われた。

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