産経ニュース

【スポーツCatchUp】51歳で逝った大豊泰昭さん 野球をこよなく愛し、オリオールズ「エース」発掘の確かな「眼力」

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【スポーツCatchUp】
51歳で逝った大豊泰昭さん 野球をこよなく愛し、オリオールズ「エース」発掘の確かな「眼力」

中日・陳偉殷(チェン・ウェ・イン)投手の入団会見に出席した大豊スカウト(右)(2004年2月撮影)

 プロ野球中日、阪神で強打者として活躍した大豊泰昭さんが1月18日、急性骨髄性白血病のため名古屋市内の病院で亡くなった。まだ51歳の若さだった。実直で頑張り屋、頑固、惚れっぽい、一本芯が通った、それでも野球が好き。大豊さんの日本での生き様が、文字通り「走馬燈」のように甦ってくる。

 中日を背負う主砲として現役でバリバリ活躍していた頃、新設のナゴヤドームにそぐわないと阪神にトレードされた頃、野村監督にこだわりの「一本足打法」と否定された頃、引退後に名古屋市内で中華料理店を切り盛りしていた頃、中日の海外スカウトとして故郷台湾から線は細いが球は滅法速い投手を発掘してきた頃、そして岐阜県内で居酒屋の親父をしていた頃。

 あまりにも多すぎる。野球に関することに限定したい。2003年の中日・北谷キャンプ。突然、大豊さんが1人の若者を連れて姿を見せた。故郷・台湾出身の17歳だという。野球選手にしてはひょろっとしている。「とてもプロの体になっていないな」。報道陣のみならず球団関係者の間からも疑問の声が上がった。引退後、中華料理店を開きながらも、野球に関わりたいとアジア担当スカウトに就いていた。ようやく探し出してきた逸材という。大豊さんは血相を変えて、あるいは涙目になりながら、「いや、すごい球を投げる。絶対にいい投手になるヨ」と強い口調で反論した。

このニュースの写真

  • 51歳で逝った大豊泰昭さん 野球をこよなく愛し、オリオールズ「エース」発掘の確かな「眼力」
  • 51歳で逝った大豊泰昭さん 野球をこよなく愛し、オリオールズ「エース」発掘の確かな「眼力」
  • 51歳で逝った大豊泰昭さん 野球をこよなく愛し、オリオールズ「エース」発掘の確かな「眼力」

「ニュース」のランキング