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【映画オタク記者のここが気になる】文革中国が輸入した「高倉健映画」 「文太」が蹴った『新幹線大爆破』、健さんは乗った…健さん・文太さん秘話

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【映画オタク記者のここが気になる】
文革中国が輸入した「高倉健映画」 「文太」が蹴った『新幹線大爆破』、健さんは乗った…健さん・文太さん秘話

映画「新幹線大爆破」のロケ現場で、国鉄職員役の宇津井健さん(左)と新幹線の模型を持つ高倉健さん=1975年5月、東映東京撮影所

 銀幕の2つの巨星が相次いで落ちた。高倉健さん(亨年83)と菅原文太さん(同81)。実は高倉さんが亡くなったとき、ある映画監督に話を伺う計画を立てていた。主演作を多く撮った佐藤純弥(じゅんや)氏(82)である。

 周囲に“好きな高倉作品は”と尋ねると、「新幹線大爆破」(1975年)や「君よ憤怒の河を渉れ」(76年)、「野性の証明」(78年)を挙げる人が多い。この3作品を手がけたのが佐藤監督だ。お会いするのは水戸市の千波湖畔に桜田門のオープンセットを建てて撮った「桜田門外ノ変」(2009年)の公開時以来。都内の自宅で監督は「(亡くなって)改めて健さんの偉大さを知った」としみじみと語った。

 高倉さんが亡くなった際、ツイッターには「新幹線大爆破」への熱いコメントであふれた。この映画がこれほど愛されていたとは…。公開当時(75年7月)はハリウッドの「エアポート’75」(日本公開74年12月)や「大地震」(同)、「タワーリング・インフェルノ」(75年6月)といった災害パニック映画の全盛期。実際の抗争事件をテーマにした実録ヤクザ路線の行き詰まりを懸念した東映が、アメリカの動向を読んで制作した和製パニック映画だが、興行的に大ヒットはしなかった。

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