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【大学野球の名将・太田誠物語(5)】「5年で日本一」約束果たす 長嶋氏ら数多くの出会いも

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【大学野球の名将・太田誠物語(5)】
「5年で日本一」約束果たす 長嶋氏ら数多くの出会いも

監督退任後、自身への「感謝の集い」で長嶋茂雄・巨人終身名誉監督(左)と握手する太田誠さん=平成18年1月、東京都千代田区の赤坂プリンスホテル(当時)

 明けて47年のシーズンは中央大との激戦となります。中大は静岡商出身で中日の中心選手となる藤波行雄、阪神入りする佐野仙好、大洋入りしたエース田村政雄らが顔をそろえた大型チームで、力でどんどん押す横綱野球。一方の駒大は甲子園経験者は少ないものの過酷な練習でたたき上げた雑草集団。春こそ中大に押し切られて2位でしたが、秋には直接対決で勝ち点を落としたものの、最終週に中大がよもやの連敗。横綱が土俵際でうっちゃりを食らったおかげで、リーグ戦初優勝を思わぬ形で勝ち取りました。

悲願の日本一をかけた大阪商大戦

 その後もリーグ優勝やAクラスが続き、常勝軍団としての土台は徐々に築かれていきました。そして50年春、二宮主将、中畑副主将を中心とした駒大は悲願の日本一を目指して全国のリーグ戦優勝校が覇を競う大学選手権に出場します。準決勝で島岡吉郎監督率いる東京六大学の明治大を3-2で下した駒大は、決勝で大阪商大と対戦。後に大洋入りする大型右腕・齊藤明雄の重いストレートと落差の大きなカーブにてこずり、両校無得点のまま延長へ。果てしないゼロ行進が続いた十四回表、駒大は途中出場した山本文博が左翼線に決勝打。齊藤投手の大会唯一の失点で優勝を決め、初優勝をもぎ取ったのです。日本一を報告すべき藤田学監はこの年2月にがんで逝去、賢崇寺の墓前で手を合わせたときは重い約束を果たした安堵(あんど)感に包まれました。

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