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【大学野球の名将・太田誠物語(4)】中興の祖から重い要請 35年間の戦いの始まり

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【大学野球の名将・太田誠物語(4)】
中興の祖から重い要請 35年間の戦いの始まり

駒大監督として指揮を取る太田誠さん。数々の記録達成の原点は藤田俊訓学監との約束だった=神宮球場

入れ替え戦だけのつもりが…

 昭和45年秋、駒大は東都リーグで10敗1分けで最下位となり、私も世話になった小林昭仁監督が引責辞任します。ただでさえ過酷な入れ替え戦を監督不在で迎えるという緊急事態となり、「代理監督を頼む」と要請された。「入れ替え戦だけなら」と受諾し、2部初優勝で勢いに乗る国士舘大との対戦に臨みました。初戦を取った方が1部を勝ち取る。想像通りの激闘となった初戦、駒大は1点ビハインドで最終回を迎えます。敗色濃厚の場面で、私は1年生を代打に送りました。後にプロ野球・近鉄で活躍する栗橋茂で、荒削りながら非凡な才能に懸けてみようと思ったのです。「とにかく第1球目を狙え」と送り出した栗橋は、その初球を右翼席にたたき込んだ。この同点弾で勢いに乗った駒大は辛くも1部残留を決めました。

 重責を果たしてサラリーマン生活に戻るはずだった私に、学校関係者から「このまま監督を引き受けてくれないか」との内々の要請がありました。当時は管理職として後進の指導に当たっており、さらに長男がまもなく生まれるという時期だったので固辞したのですが、年が明けた46年2月、渋谷の割烹(かっぽう)に呼び出された。恐る恐る部屋に入ると、藤田学監と大学首脳が顔をそろえている。藤田学監はおもむろに「日本中に駒沢の名前を知らしめてほしい。監督を受け継いで、歴史と伝統をつくりあげてほしい」と語りかけてくれ、「10年かかるところを5年でやってほしい。君ならできる」と付け加えた。

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