世界を驚かせた天才数学者・岡潔 死後40年の再評価 - 産経ニュース

世界を驚かせた天才数学者・岡潔 死後40年の再評価

世界的数学者の岡潔(和歌山県橋本市提供)
ゆかりの地・和歌山県橋本市にある岡潔の顕彰碑
多くの識者が岡潔の偉業をたたえたシンポジウム=2月、東京・千代田区の明治大
 和歌山県橋本市ゆかりの世界的数学者で、奈良女子大学名誉教授だった岡潔(おか・きよし、1901~78年)が再評価されている。2月には東京で偉業をたたえるシンポジウムが開かれたほか、橋本市では記念館開設を目指す動きも。思想家でもある岡のさまざまな箴言(しんげん)が現代で共感を得ているという。死後40年以上が経過した今も人々を引き付ける岡の魅力とは-。(山田淳史)
著名人も注目
 明治大(東京都千代田区)で2月、岡を顕彰するシンポジウム「紀の国の偉人-世界が認めた孤高の天才数学者-」が開かれ、多方面で活躍する識者らが次々と岡の偉業をたたえた。
 『国家の品格』などの著書で知られる数学者、藤原正彦氏は「岡潔先生の今日的意味」をテーマに基調講演。「岡先生は『論理の危うさ』を指摘し、『情緒』を大切にした。グローバリズムが弱者を追い込んでいる中、日本人の自然や弱者への共感、もののあわれが世界を救う-といった岡先生の予言、祈りが夢物語ではなく、現実味を帯びている」と語った。
 パネルディスカッションでは、岡の著書『春宵十話(しゅんしょうじゅうわ)』(角川ソフィア文庫)に解説を寄せた思想家で明治大「野生の科学研究所」所長の中沢新一氏が、松尾芭蕉の名句「秋深き隣は何をする人ぞ」を引用し、「それが岡先生の言う『情緒』だ」と指摘。「隣も私もカサコソという音に耳を傾ける。常に隣に耳を澄ませながら縁起の無限連鎖の中でつながっている。そういうつながりの中で宇宙ができていると考えている人だ」と述べた。
 シンポジウムは、和歌山県がこれまで明治大と開催してきた、県ゆかりの偉人をテーマにしたシンポジウムの一つ。今回、岡を取り上げた理由について、県の文化学術課の担当者は「著書が次々に復刊し、研究者の本も相次いで出版されているなど、複合的な要素が重なった」と近年の再評価の動きを指摘する。
 昨年2月には、岡の波乱に富んだ人生を妻・みちの目線から描いたドラマも読売テレビ系列で放送された。
 また県の担当者は、岡が単なる数学者ではなく、随筆も多数執筆し、日本の将来を案じた思想家としての側面もあるとし、「混迷した時代に岡先生のさまざまな箴言が共感を得ているのでは」と再評価の背景を推測する。
幼少期過ごした和歌山
 岡は明治34年、大阪市に生まれたが、父の実家の和歌山県伊都郡紀見村(現橋本市)で幼少期を過ごした。
 京都帝国大(現京都大)を卒業後、同帝国大の講師となり、3年間のフランス留学で出会った「多変数函数(かんすう)論」を生涯の研究テーマとした。留学後に赴任した広島文理科大を辞職後、橋本市に戻り、孤高の研究生活を始めた。北海道大に一時期赴任したが、再び橋本市に戻り、終戦を迎えた。戦後まもない昭和24年、奈良女子大教授に就任し、晩年は奈良市で過ごした。
 岡は生涯、多変数函数論で3つの中心的な問題を解決したが、うち2問は橋本市で暮らしていた際に解決法を発見したとされる。
 あまりの優れた業績に、先進地・ヨーロッパの数学界では当初、一人の数学者によるものとは信じられず、「岡潔」は数学者集団のペンネームと思われたというエピソードも伝わっている。
 「まさに『雲の上』の数学。難しすぎて、とても生徒には教えられない」
 こう笑顔で話すのは、高野山高校(和歌山県高野町)などで教鞭(きょうべん)をとる数学教師で、岡の偉業を伝える活動を行う市民グループ「橋本市岡潔数学WAVE」会長の木地茂典さん(64)だ。
 確かに岡の数学の業績を理解するのは難しいが、一方で、岡の随筆は日本の行く末を案じた身近な内容で分かりやすく、一般には、こちらの面に魅力を感じるファンも多い。
 「数学のことは分からない」とする副会長の奥村浩章さん(74)も「私の場合は何といっても『春宵十話』。どれだけ先生が日本の将来を心配していたかが伝わってくる」と語る。
 例えば、文庫に収められている随筆「日本的情緒」で、岡は独自の日本人論をつづっている。
 《このくにで善行といえば少しも打算を伴わない行為のことである》
 日本人論は教育論にもおよび、子供たちの将来を深く案じている。
 《新学制の下に義務教育の卒業生を出したが、これは明らかに大変な失敗である。顔つきまで変わってしまうほどに動物性がはいってしまい、大自然から人の真情に射す純粋直観の日光は深海の底のようにうすくされているからである》
市民講座も
 故郷の橋本市でも、市民を中心に岡を再評価する動きが顕著になっている。中心的な役割を果たしている岡潔数学WAVEはこれまでも毎年、さまざまな関連イベントを企画。岡の日本人論などに詳しい研究者や数学者を招いた講演会のほか、「おもしろ算数教室」や「囲碁・将棋大会」も開催してきた。
 今年1月には新たに市図書館と連携。岡が愛飲したというコーヒーを飲みながら岡について語り合う市民講座も開いた。参加者からは、岡が池に向けて石を投げ続けていたとか、荒廃した学校の校長に「花を植えなさい」とアドバイスしたといったエピソードが披露された。
 こうした再評価の機運が高まる中、WAVEが今後目指すのは、岡顕彰の中核施設として算数教室なども開ける記念館の開設だ。
 記念館をめぐっては、かつて市が市内の公園にある地元事業家の家屋を改修する案を検討したが、耐震面の問題が判明し断念した経緯がある。財政難に悩む市が新たな施設建設に着手するのは難しいとされる。
 それでも木地会長は近年の再評価の動きも踏まえ、「既存の施設を活用する方法もある。なんとか橋本を『数学のまち』としてPRしたい」と意欲をみせる。