【魅惑アスリート】2度の戦力外通告を受けたDeNAの中後悠平投手 米国武者修行経て復帰 - 産経ニュース

【魅惑アスリート】2度の戦力外通告を受けたDeNAの中後悠平投手 米国武者修行経て復帰

DeNAへ移籍後、中日戦で初ホールドをマークした中後。2度の戦力外通告を受けながら日本球界に復帰した=8月28日、横浜スタジアム(斎藤浩一撮影)
DeNAで初ホールドをマークし、ファンとタッチを交わすDeNAの中後悠平投手=8月28日、横浜スタジアム(斎藤浩一撮影)
 シーズン途中の今年7月にDeNAへ入団したのが中継ぎ左腕の中後(なかうしろ)悠平投手だ。ロッテを戦力外となって2016年に渡米。マイナーリーグで2年半プレーして日本のプロ野球へ復帰し、8試合に登板した。29歳の苦労人は「野球に対する見方や1球を投げる意識が変わった」と武者修行の成果を口にする。
 近大から2012年、ドラフト2位でロッテに入団。1年目は中継ぎとして2勝5ホールドを挙げたが、15年オフ戦力外に。その後米国に渡り、米ダイヤモンドバックス傘下のマイナーでプレーを続けてきた。
 今年の春季キャンプはダイヤモンドバックスの招待選手としてスタート。メジャー昇格も期待されたが、今季は2Aで24試合に救援し、1勝1敗、防御率5・29の成績で6月に自由契約となった。「やっとよくなりかけ、いい感じで抑えられるようになっていた矢先に、人生2度目の戦力外通告を受けた」とする。
 そこへ中継ぎを補強したいDeNAから獲得の声がかかった。「見てくれる人は見てくれている」と中後は感謝。3年ぶりの日本球界復帰が決まった。
 8月28日の中日戦(横浜スタジアム)では同点の五回1死二、三塁で登板。アルモンテ外野手(29)をセカンドゴロ、高橋周平内野手(24)をショートフライに打ち取り、自身5年ぶりのホールドを記録。お立ち台にも上がった。
 今季は1軍での登板は8試合で勝ち負けなしに終わったが、「楽しかった。日本のプロ野球にまた戻って来られて、ああした歓声の中で投げられてうれしかった」と振り返る。
 動く球で投球の幅広がる
 ロッテ時代の中後は、左横手からの威力ある球が持ち味。三振も取れるが、四球も多かった。米国では質素な直球(フォーシーム)を投げる投手は少なく、動くボールを内角へ食い込ませたり、外角へ外したりして凡打に打ち取る投球が主流だった。
 変化球はスライダーとチェンジアップを投げていた中後だが、米国ではコーチへ積極的に教えを請い、ツーシーム、カットボールという動くボールを取得。「今までのように球数を使って三振をねらうのではなく、1球で併殺に仕留めることがこの先絶対に武器になると思った」ためだ。
 あえてツーシームは直球と球速差がないように投げている。「(ツーシームは)あまり変化しなくてもいい。ちょっと回転が変るだけで打者に『おっ』と思わせ、ファウルも取れる」と手応えを感じている。
 マイナーリーグは生き残りをかけた競争の場でもあった。「僕ら25歳を超えた選手については見切りが早い。あくまでメジャーで通用するか、故障者の代わりにすぐ昇格できるかの判断となる。ドラフトで入った若手とは立場の違う厳しい世界だった」とする。
 息子に見せたい雄姿
 来年の抱負に「制球、球速、変化球のキレといったすべての面でのレベルアップ」を掲げる。「シーズン中に調子の波で何かが欠けても別の何かでカバーできるよういろいろ引き出しを作っておきたい」からだ。
 2012年、ロッテへ入団した同期4人のうち、ドラフト1位の藤岡貴裕投手(29)は日本ハムへトレードとなり、2位の中後も退団。チームに残るのは3位の鈴木大地内野手(29)、4位の益田直也投手(29)だけとなった。「でもまだ4人とも野球をしている。僕が一番危なかったが、何とか続けられてほんまによかった」としみじみ。
 DeNAへ移籍した今年、2軍で調整中に自宅で家族と食事をしながら1軍の試合をテレビ観戦していると、3歳の長男が画面を見ながら「お父ちゃんがいない!」と叫んだという。
 「青いユニホームの選手たち(DeNA)が試合をしているところに僕がいると思っている」と中後は苦笑。来季は「もちろんチームに必要とされ、上(1軍)でバリバリと投げ、抑えていくしかない」と父親の雄姿をしっかりと息子の目に焼き付けるつもりだ。(運動部 三浦馨)