【矢板明夫の中国点描】悲劇生んだ「一人っ子政策」 権力者の思いつきに翻弄される中国 - 産経ニュース

【矢板明夫の中国点描】悲劇生んだ「一人っ子政策」 権力者の思いつきに翻弄される中国

児童節(こどもの日)の6月1日、北京の公園で子供を連れて歩く女性たち(AP)
 遼寧省や天津市など中国の各地方政府が、2人目の子供が生まれた夫婦に奨励金を出す制度を検討し始めたと中国メディアが伝えている。2015年まで約40年も続いた「一人っ子政策」が急速な高齢化と労働人口の不足をもたらしつつあるためで、対策に躍起になっていることがうかがえる。
 こうしたニュースを目にするたびに、北京駐在時代に出会った山西省出身の60代後半の夫婦を思い出す。ともに教師だった2人は、長男が生まれた後、国策に従い2回も中絶した。しかし、その長男が、大学生だった2000年ごろに交通事故で死亡した。夫婦は「国のせいで私たちはいま、病院に付き添ってくれる人もいない」と支援を求めて地元政府に陳情を繰り返したが、門前払いされ続けた。
 年金や社会保障制度が不完全な中国では老後、子供の世話になることがいまも一般的だ。この夫婦のように「一人っ子」を無くした親たちは「失独者」と呼ばれ、全国で少なくとも数百万人はいるといわれる。
 1970年代末から実施された一人っ子政策は数々の悲劇を生んだ。代表的なのは91年、山東省冠県などで実施された「100日出産ゼロ運動」だ。省内で計画出産の達成率が最下位だった同県は、“汚名返上”のため、「同年5月1日から8月10日まで県内で出産ゼロ」を決めた。期間中に第1子を含めて出産予定の妊婦が堕胎を強制され、数万人が病院に連行された。長年の不妊治療の末、ようやく子宝に恵まれた妊婦も無理やり中絶させられ、自殺した人も少なくなかった。
 94年9月、現役軍人が大量の民間人を殺傷した建国門事件の原因も一人っ子政策だった。
 事件は、北京近郊に駐屯する中国人民解放軍の田明建副中隊長(当時)に「第2子を妊娠した」と知らせる妻からの手紙が、事前検閲で上司に発見されたことがきっかけとなった。妊娠7カ月の妻は中絶手術を強制されたが、手術が失敗して母子ともに死亡した。
 それを知った副中隊長は上司ら複数の将校を射殺。さらに大使館などが集中する建国門界(かい)隈(わい)で無差別に発砲し、イラン人外交官を含む約20人を殺害後、特殊部隊に射殺された。この事件は中国でいまでも報道規制が敷かれ、正確な死傷者数は明らかになっていない。
 一人っ子政策を主導したのは、70年代末に最高実力者となった●(=登におおざと)小平だった。「経済発展の遅れは人口が多いことが原因だ」と考えた●(=登におおざと)は、科学的検証もほとんどせず、「あらゆる経済的、行政的手段を使って人口を抑えろ」と全国に指示した。一部の外国の人口問題専門家は「天下の愚策」と批判したが、国内で異を唱える者はいなかった。
 違反した家庭は年収以上の罰金が科されたため、各地で同政策の実施を担当する計画出産委員会は大きな利権を手にした。是正を求める声は黙殺され続けた。
 いびつな人口構成が深刻化した2015年にようやく第2子が認められたが、出生率は思うように伸びなかった。このため今度は一転して正反対の出産奨励策を実施し始めたというわけだ。
 指導者の思いつきで多くの中国人の人生が翻弄されてしまったが、共産党の一党独裁体制が続く限り、こうした悲劇が繰り返され得ることを忘れてはならない。(外信部次長)