【平成30年史 変わる働き方(3)】パワーハラスメント 熱血指導で部下は動かない - 産経ニュース

【平成30年史 変わる働き方(3)】パワーハラスメント 熱血指導で部下は動かない

 「何が気に入らないんだよ!」「従えないのか!」「どうすりゃいいのか、言ってみろ!」
 昨年1月、都内の大手メーカー本社の小さな打ち合わせ部屋で、女性会社員(47)は、男性部長から浴びせられた怒号に思考を奪われ、朦朧(もうろう)となった。
 女性は当時、本社と傘下企業のウェブサイトを統括管理する担当者。部長はこの日朝、女性を突然呼び出し、サイトのアクセス数を倍増させると宣告。傘下各社の予算や現状を調べた形跡がない計画に、女性は「数値に責任が持てない」と説明したが、部長は聞く耳を持たず怒鳴り続けたという。「威圧や恫喝(どうかつ)では人は動かない。むしろ萎縮してしまうのに…」と女性は当時を振り返る。
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 主に上司が職場で優位性(パワー)を使って行うハラスメント-。パワーハラスメントという言葉が生まれたのは、遡(さかのぼ)ること17年前の平成13年。当時、職場のハラスメントは、元年に新語・流行語大賞金賞を取った「セクシャルハラスメント」だけというのが世間の認識だった。9年の改正男女雇用機会均等法で事業主にセクハラに対する配慮が義務づけられたのを受け、管理職研修が企業で盛んになった頃だ。
 パワハラを“発見”したのは、企業向けの研修や相談窓口事業を行う「クオレ・シー・キューブ」(東京都新宿区)会長、岡田康子(64)だ。研修先の男性社員が口々に「女性はいいな、セクハラって言えば済むんだから」と嘆くのを聞いた。電話相談窓口を設けて実態調査したところ、上司から必要以上に叱責されたり、私用の使い走りまでさせられたりといった男性たちの不満の声が次々と上がってきた。
 「終身雇用で社畜や滅私奉公という言葉もあった時代。ひどい扱いを受けてもいつか報われるという希望もあり、我慢していたのだろう」と岡田は振り返る。
 「パワハラ」の言葉が生まれたこの年、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」が施行され、全国の都道府県労働局、労働基準監督署に無料の相談コーナーも設けられた。
 直後の14年度は、パワハラを含む職場の「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は6627件と、1位の「解雇」の5分の1。ところが24年度以降は「いじめ・嫌がらせ」がトップとなり、最新の29年度は7万2067件に達している。
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 今、企業にとってパワハラ対策は必須の業務となっている。厚生労働省の28年の調査によると、半数の企業がパワハラ予防・解決のための取り組みを実施している。
 明治安田生命(東京都千代田区)は、全従業員を対象にハラスメント教育を徹底。管理職研修はもちろん、職場で事例ビデオを視聴させ、社内ネットワークにはハラスメントの解説や事例などをまとめた手引を掲載している。
 同社人事部労務調査役の伊沢伸治(55)は「職場の雰囲気や環境が悪くなると個人の能率が落ち、会社の生産性も低下する」と話す。「ハラスメントを人ごとではなく、自分のこととして捉える」姿勢が必要として、事例ビデオは毎年作成。リアリティーを重視し社内で撮影、せりふに社内用語も使う。
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 「パワハラに甘い企業と見なされることは、企業にとって大きなリスク」
 職場のハラスメント研究所所長の金子雅臣はこう指摘する。ただし被害の訴えがあっても「業務範囲を逸脱していたか、業務としての指導の範囲か」を見極めるのは難しい。グレーゾーンのジレンマに悩む管理職も多いのが実情だ。若い働き手にパワハラ被害の有無を聞くと「仕事とプライベートを分けたい。業務時間外の飲み会を強制するのはパワハラでは」などとさまざまな訴えが寄せられた。
 岡田は言う。「今、管理職に求められているのは意識の大改革だ。上司は叱って導くより明確な説明などコミュニケーション力が求められる」
 熱血指導だけで部下が動いた時代はもう、終わった。(敬称略)