戊辰戦争から150年 仙台藩の戦い足跡たどる

大人の遠足
仙岳院では輪王寺宮ゆかりの品々を観賞できる=仙台市青葉区

 幕末から明治維新に向かう混乱期に繰り広げられた「戊辰戦争」から今年で150年。政府軍に刃向かった「賊軍」と扱われてきた仙台藩の動向をまとめた「仙台藩の戊辰戦争」が地元の出版社「荒蝦夷(あらえみし)」から刊行されるなど、注目が集まっている。朝廷に敵対したとして“汚名”を着せられた仙台藩だが、改めてその足跡を見に行こう。

 戊辰戦争は慶応4(1868)年1月、京都市郊外での鳥羽・伏見の戦いに始まり明治2(1869)年5月の函館戦争(現在の北海道函館市)で終結する一連の内戦。新体制の確立を目指す新政府軍(薩摩、長州藩など)と、旧幕府軍(仙台、会津藩など東北諸藩は奥羽越列藩同盟を結成)が衝突した。戦いは新政府軍の勝利に終わった。

戦いに散った藩士

 仙台藩主、伊達家の霊廟(れいびょう)として知られる「瑞鳳殿(ずいほうでん)」(仙台市青葉区)の山道を行く。一角にひっそりとたたずむ「弔魂碑」があった。

 「仙台藩の戊辰戦争」の著者で郷土史家の木村紀夫さんは「初めて弔魂碑を訪れたときは雑草が生い茂り、国に殉じた藩士たちが仙台市民からも遠ざけられているようで気の毒に思った」と話す。

 碑は戦争で落命した仙台藩士など1260人と民間で犠牲になった多くの人々をまつっている。明治10(1877)年に伊達家と仙台藩士の子孫らの手で建立された。

 奥羽越列藩同盟の中で中心的な役割を果たした仙台藩。複雑な政治状況の中で翻弄され、多くの犠牲を払ったと同情的な見方をする意見も少なくない。

 同市観光課の担当者は「瑞鳳殿は伊達家の霊廟としてスポットを当てられることがほとんど。戊辰戦争150周年を機に弔魂碑を訪ねてほしい」と話す。

 その上で、「新政府軍と奥羽越列藩同盟という対立構図だけでなく当時の政治的状況にも思いをはせてほしい。歴史を再評価するためにも知識をつけるきっかけになってほしい」と碑の意義を強調した。

 仙台市博物館では10月26日~12月9日まで特別展「戊辰戦争150年」が開催される。

激動の人生歩んだ宮さま

 新政府軍の優勢で展開する戦い。同盟軍は後退を余儀なくされる。同盟の盟主と仰がれたのが輪王寺宮(りんのうじのみや)親王。明治天皇の叔父に当たる人物だ。親王は同盟の軍事総督を務めた。

 親王の仙台での暮らしぶりを知りたくなって、「仙岳院(せんがくいん)」に足を向けた。東照宮のほど近くにある寺院だ。江戸時代、承応3(1654)年に建立。以来、東照宮の別当寺として歴代藩主が東照宮を参拝する際などに身支度に立ち寄るなど藩にとって格式高い寺としてその任務をまっとうしてきたという。

 親王は仙岳院で戦局の悪化によって同盟が崩壊するまで約3カ月にわたり生活した。実際に親王が暮らした建物は現存していないが、そこで生活していたことを示す貴重なゆかりの品々を見ることができる。愛用の茶碗、硯(すずり)、印籠…。戊辰戦争後はドイツ留学、日清戦争出征、そして、台湾で死去…。激動の人生を歩んだ。

 住職の吉田真賢(しんげん)さん(58)は「時代に翻弄されたのが輪王寺宮。150年を迎え、改めてここで暮らしていた証しを見に来てほしい」と話した。

 節目の年に仙台藩の足跡をたどってみると、維新の英雄たちの陰に埋もれた歴史を掘り起こす機会になるかもしれない。(東北総局 塔野岡剛、写真も)

 仙岳院 仙台市青葉区東照宮1の1の16。JR仙山線東照宮駅から徒歩5分。拝観は無料。(電)022・234・3986。

 瑞鳳殿 仙台市青葉区霊屋下23の2。地下鉄東西線「大町西公園」から徒歩15分、JR仙台駅西口バスプールから仙台市営バス「霊屋橋・瑞鳳殿入口」下車、徒歩10分。拝観料は一般550円。(電)022・262・6250。