同じ過ち犯す中国 「C級戦犯」は存在せず「AB級」も靖国にお祀りされていない

野口裕之の軍事情勢
73回目の終戦の日だった8月15日、日没後も多くの参拝者が訪れた靖国神社(酒巻俊介撮影)

 今年の終戦の日は昨年の雨天とは異なり、日陰を探すのに苦労したが、夕方になっても多くの参拝者が靖国神社を訪れていた風景は同じだった。大日本帝國陸海軍の軍装に身を包む若い日本人も例年同様、少なくなかった。保守層の間でも、帝國陸海軍の軍服を着る若き日本人には賛否両論があるが、わが国は自由と民主主義の国であって、軍服姿での参拝は本人の選択だ。ところが、帝國陸海軍の軍服を着ると拘束される国がある。

 中国では2月、南京戦の激戦地=紫金山で日本軍の軍服を着て記念撮影したとして、20代の男性2人が拘束された。帝國陸海軍のコスプレ愛好者や、日本文化を称賛する余りに中国社会を卑下する中国人の出現は「精日=精神的日本人」現象と呼ばれ、中国当局が批判を強めている。中国版ツイッター《微博》に「安倍(晋三)首相はおれのおやじだ」などと書き込んだ、安徽省馬鞍山市の18歳男性も8月、警察に拘束された。

 中国江蘇省南京市の人民代表大会(市議会に相当)常務委員会では8月、帝國陸海軍々人のコスプレの撮影や、中国側が宣伝する虚構「南京大虐殺」への異論などを禁止する条例案が提出された。条例案は《組織や個人が南京大虐殺の史実を歪曲・否定》する言動を禁止。南京事件をめぐり中国側が主張する「犠牲者30万人」は、日本側の研究では根拠のない異常に誇張された数字との見解が定着したが、この種の議論自体が処罰の対象となる。条例は南京市外でも有効とされたり、外国人ジャーナリストも対象となったりする可能性がある。

 従って、日本にあこがれる中国の「精日」が帝國陸海軍の軍装姿で靖国を参拝したら、中国共産党はどんな反応を見せるだろうか?と想像を膨らませてしまった。もちろん、英霊の間でも、保守層の間でも、中国人が帝國陸海軍の軍服を着て靖国神社の境内を歩くことに賛否両論があるに違いないが、少なくとも中国共産党が腰を抜かすシーンを想像する。

A級とC級戦犯は違法な事後法で罰せられた

 何しろ終戦の日、安倍晋三首相が今年も期待を裏切り参拝をせず、6年連続玉串料奉納で済ませ、国会議員が参拝しただけで、中国外務省の陸慷報道局長は、靖国神社に極東国際軍事裁判(東京裁判)の「A級戦犯」を合祀していると指摘。「日本の誤ったやり方に断固反対する」とする抗議声明を発表した。

 中国共産党は、自らに都合のよい「猟奇的な日本の近代史」を捏造し、世界中でタレ流すが、毎回反論せねばならぬ。中国大使のイスラエル紙寄稿(2014年1月)も然り。いわく-

 《安倍晋三首相や閣僚が、アジアの(ドイツ指導者アドルフ)ヒトラー(1889~1945年)である東條英機・陸軍大将(1884~1948年)らA級戦犯を祀る靖国神社を参拝している》

 国家に殉じた英霊に感謝し、お慰めする崇高な行いに、外国の顔色をうかがう必要は全くない。靖国神社への玉串料奉納で済ませようが、参拝を行おうが、言い掛かりを付けてくる中国への回答は靖国神社参拝以外にあり得ない。

 そもそも《人道に対する罪を実行するよう命じたり、行ったりした人々》は靖国神社にお祀りされていない。中国共産党は故意か学習不足かは判然としないが、同じ過ちを頻繁に犯す。

 《人道に対する罪》は第二次世界大戦(1939~45年)におけるドイツ降伏後、ドイツ人を裁くため1945年8月8日、ニュルンベルク裁判の基本法・国際軍事裁判所憲章で初めて規定。(a)平和に対する罪(b)殺人と通例の戦争犯罪(c)人道に対する罪-が、国際軍事裁判所で所管する《犯罪》とされた。

 日本人を裁いた極東国際軍事裁判所条例でも、憲章にならい各々、いわゆる《ABC級犯罪》が定められた。けれども《人道に対する罪》は適用できなかった。勝者による敗者への復讐劇ともいわれる極東国際軍事裁判で「ドイツが行った特定民族絶滅と同じ意図を、日本が抱いていた」と、連合国はでっち上げようとしたが、不可能だったのだ。この点、ニュルンベルク裁判では、22被告の内、16人が《人道に対する罪》で有罪になる。

 《人道》と《平和》に対する罪は、米国が1944年秋から1年に満たない短期で創り上げ憲章制定前にはない。戦争開始・遂行を犯罪とする《平和に対する罪》に至っては、米国/英国/中華民国が降伏を求め日本に突き付けたポツダム宣言(1945年7月)時点で、犯罪とされていなかった。二罪とも慣習国際法として確立していなかったのだった。

 欧州大陸法系近代刑法は、実行時の合法行為を事後に定めた法令で遡り処罰することを禁ずる。《事後法の禁止=法の不遡及》である。

 極東国際軍事裁判所設立は、裁判9カ月以上前のポツダム宣言でうたった《俘虜を虐待せる者を含む戦争犯罪人には厳重なる処罰を加へらるべし》が根拠。仮に罪を問うのなら、B級の《殺人と通例の戦争犯罪》だけなはず。現に、日本のサヨクが中国共産党と連動して「大日本帝國陸軍が中国人民を大量虐殺した」と捏造・粉飾をやめぬ、いわゆる《南京事件》について、南京攻略戦司令官をC級の《人道に対する罪》ではなくA級の《平和に対する罪》で起訴。しかも無罪となり、B級で有罪となった。

ユダヤ難民を助けた東條英機

 いわゆる《戦犯》自体も誤認している。1952年のサンフランシスコ講和条約発効を受け、日本は主権回復し《各級死亡戦犯》を《公務死》と認定した。条約では、裁判を牛耳った11カ国の過半数の同意を得られれば《戦犯》を赦免できると規定。外国の異論もなく、58年までに全員釈放となった。既述したが、もともと“C級戦犯”は存在せず、“AB級戦犯”も靖国神社にお祀りされていないということ。

 連合国は《人道に対する罪》を問えなかった、どころではない。大日本帝國は、迫害を逃れた万人レベルのユダヤ人を世界中で助け続けた。例えば-

 1935年にドイツ施政下のユダヤ人は公民権を奪われ難民となり外国に逃れた。一説に数千人のユダヤ人が38年、シベリア鉄道で滿洲國近くのソ連にたどり着く。ソ連に入国拒否された難民は滿洲國入りを切望したが、滿洲國も拒む。

 滿洲國防衛を担う帝國陸軍・關東軍の樋口季一郎・少将(後に中将/1888~1970年)は、吹雪の中に立ち尽くす難民を見かね食料・衣類・燃料や加療を施した。さらに、滿洲國外務省や南滿洲鉄道(滿鉄)を説き、滿洲や上海租界への移動を周旋した。

 日独防共協定(1936年)を結び、日独伊三国同盟(40年)まで視野に入れていたドイツは断固抗議。抗議を受け、樋口は關東軍参謀長時代の東條英機・中将に呼ばれる。樋口は東條に「ヒトラーのお先棒を担ぎ、弱い者いじめをすることが正しいと思われますか」と質し、東條も受容した。

 ユダヤ難民移動を担った滿鉄の総裁が、後に外相となり三国同盟に傾斜する松岡洋右(A級戦犯被告。未決中に病死/1880~1946年)だった歴史の一コマも興味深い。

 ユダヤ難民への入国ビザ発給国は著しく限られた。かかる状況下の1939年以降、英米列強などと日本が管轄する上海外国人居留地=共同租界の帝國海軍陸戦隊警備区も、ユダヤ神学生300人や1万8000人ものユダヤ難民のビザ無し入境を許している。

 ユダヤ難民の扱いでは、永世中立国スイスでさえ暗部を抱える。スイスはドイツと共に1938年、ユダヤ人旅券にユダヤの頭文字《J》のスタンプ押印を義務付けた。

 キリスト教文化の根付くスイスには19世紀半ば以来、反ユダヤ主義が認められる。そこに、労働市場を難民に奪われる懸念やドイツの侵攻を恐れるスイス政府の意向が加わった。42年には、ユダヤ人を念頭に難民の国境引き離し政策を実施。多くのユダヤ人がスイス入国を果たせなかったが、出発地への帰還は死を意味した。

 大日本帝國にとって、人種差別も後押しした米国の対日強硬策を、ユダヤ人を通し打開する工作の一面もあったろう。ただ、“A級戦犯”の汚名を着せられ絞首刑となった東條はじめ日本の軍人が、同盟国ドイツを含む欧米列強による蔑みに悲憤し、ユダヤ人の痛みに情けをかけた心根は紛れもない。靖国神社には、かくも優しき武士(もののふ)たちがお祀りされている。

 中国の日本に向けられた憎悪に、英霊もこんな調子で戸惑っておられよう。

 「中国共産党軍は逃げてばかり。ロクに戦いもせず逃げ回っていたはずだが…」

 ところで、先述の陸慷報道局長は終戦の日、「日本側は侵略の歴史を直視し、深く反省し、実際の行動で『アジアの隣国や国際社会の信用』を得るよう求める」とも批判した。

 疲れる。『アジアの隣国』で国内の政権基盤強化を謀り「対日憎悪」をあおる国は中国+韓国+北朝鮮=「反日三兄弟」ぐらいで、他の『アジアの隣国』は日本を深く『信用』する。むしろ、『アジアの隣国や国際社会の信用』を得ていないのは、侵略性を伴う異常な軍事膨張をひた走り、世界中の先端技術を盗みまくる中国ではないか。

 怪しげな金融・経済システムで成り上がり、肥えた「国体」は反り返る余り、国際社会の軽蔑&警戒が見えぬようだ。