車のサイドブレーキは「かける」もの? 「引く」もの?

赤字のお仕事

 「サイドブレーキを引いていれば動きだすことはないという」。N社の乗用車2車種がリコールという原稿を読んでいて、鉛筆の線を引く手が止まった。

 運転席脇にある「サイドブレーキ」(のレバー)。和製英語であり、これは駐車するためのブレーキなのでメーカーでは「パーキング(駐車)ブレーキ」と呼ぶ。ちなみに昔からよく「ハンドル」と言っていたあれは、本来「ステアリング」だ。車でハンドルと言ったらドアを開けるときにつかむ、あれである。

 いや、問題はそこではない。話を元に戻す。最近はサイドブレーキの形状が変わってきている。

 まだ主流ではないものの、「サイドブレーキ」の「レバー」を「引く」という動作ではない車が、じわじわ増えているのだ。ちょっとお高めの大衆車あたりには変速機のすぐ下くらいに、指一本で引き上げたり押下したりできる小さなスイッチボタンがある。これが今どきの「サイドブレーキ」なのである。

 「ブレーキをかける」。弊社の用字用語集にはこう書かれている。駐車ブレーキの形状が「手で引くレバー式」から「指一本で引き上げるスイッチボタン式」に替わりつつある昨今の車を見る限り、しっくりくる表現だ。

 よくよく考えてみれば「引く」のは「レバー」であって「ブレーキ」は「かける」ものなのだから当然ではある。

 再度、話を最初に戻す。N社のサイトを訪れて確認した。画像を見る限り、一台は「手で引く式」で、もう一台は「指一本で引き上げる式」のブレーキであった。正確な表現に近づけるなら「駐車ブレーキをかけていれば~」とすればより良かったか。そのサイトのリコールに関する情報欄でも、同様の書き方になっている。さすが車メーカーだけあって、「ブレーキ」は「かける」ものとわかっていた。

 N社のこの2車種は今年上半期の新車登録台数でいうと、1位と4位のよく売れた車だ。このリコールは減速機の製造工程においてパーキングロックの動作確認検査方法が不適切だったため、かかる部品に変形が生じてしまう恐れがあり、意図せず車が動きだす可能性があるとしたものだ。「ああ、じゃあサイドブレーキを引いていれば大丈夫か」と思わせるのだが、問題なのはそこじゃない。実態は、検査方法が適切ではなかったということなのだ。

 昨年、新規登録車の出荷前に必要な最終検査を無資格の従業員が行っていたという不祥事が、国土交通省の抜き打ちによる立ち入り検査で明るみに出て、「誰であれ検査はしたのだから、車の安全性の確認はできている」といった詭弁(きべん)を弄(ろう)した、あのメーカーである。

 そして今年、さらに、出荷前に実施する排出ガスや燃費に関するデータの検査で測定値を改竄(かいざん)していたことも発覚した。検査合格ラインに達していないデータを出荷できる数値に書き換えたのである。

 時代は変わる。ヘリコプターのような大きなドローンを使ったいわゆる「空飛ぶ自動車」が実現するかもしれない。自動運転車どころの話ではないのである。もはや自動車ではなくなる。

 子供のころ空想した空飛ぶ車には夢があった。わくわくしていたけれど、思っていたほど文明の進むスピードは速くなかった。でもやっとそこに向かって動きだした。実用的な便利さとの引き換えに車を運転する楽しさは奪われていくのだが。

 今の若者は車に興味がないという。お金をかける部分が、車に向かわないらしい。そもそも売れないのだ。売れないのに次から次へと製造され、検査にかかる人員が破綻する。そして都合の悪いものは、出荷するために都合良く改竄する。なんという負のスパイラルか。

 時代の要請に受ける制約がいくつもある中での開発なのだろうが、ただ売りたいだけのメーカーがつくる車に魅力がないのは当然だろう。名車をつくり出し世に残すことは工業製品としての文化の継承であり、人がそれを大事に乗り継ぐこともまた時代を継承するということだ。果たして、今の車が何十年か後の「名車」として何台残っているのか。

 三十数年もその名に憧れ続けてやっと買えた、速くて格好良くてちょっとかわいい真っ赤な「貴婦人Z」のハンドルを初めて握った時の感激は今も忘れていない。(ひ)