サラリーマン漫画が予見した「未来」 父権喪失から失われた20年まで - 産経ニュース

サラリーマン漫画が予見した「未来」 父権喪失から失われた20年まで

「サラリーマン漫画展」ポスター
「サラリーマン金太郎」(C)本宮ひろ志/集英社
「働きマン」を説明するパネル
「釣りバカ日誌」を説明するパネル
会場内に設置された「サラリーマン金太郎」作品を説明するパネル
サラリーマン漫画展で取り上げられた作品
「サラリーマン漫画展」では『サラリーマン金太郎』の登場人物に好きなセリフを語らせる企画が設けられた
 漫画を通しサラリーマンの働き方を見つめ直す企画展が、千葉県市川市で開かれている。市川市文学ミュージアムの「サラリーマン漫画展-漫画に学ぶ働き方-」に並ぶ100点を超す資料からは当時の社会・経済情勢が分かるだけでなく、時代の一歩も二歩も先をいく先見性が見てとれる。
ファンは垂涎(すいぜん)
 昭和58年に「モーニング」(講談社)に掲載された弘兼憲史(ひろかね・けんし)さん(70)の「課長 島耕作」の記念すべき第1話の扉絵や、ドラマ化された安野モヨコさん(47)の「働きマン」のカラー原画など、14組の漫画家に関する貴重な資料が並ぶ。
 「ごらんいただければ、描かれた当時の社会情勢の一端がわかるでしょう。漫画に描かれたサラリーマンたちは、社会を映す鏡です」と説明するのは、同ミュージアム学芸員の天田友里さん。
 約30年間、同市に在住した漫画家・本宮ひろ志さん(71)についてまとまった展示会が同市内で開催されたことがなかったため昨年、企画を立案した。本宮さんの代表作が「サラリーマン金太郎」であるため、注目されるようになった働き方改革まで考察範囲を広げ、サラリーマン漫画を通して働く姿を紹介する企画になった。
父権喪失
 例えば、古谷三敏さん(82)の「ダメおやじ」は、父親が一家の大黒柱とされていた昭和45年に連載が始まった。会社ではさえない。自宅に帰っても“オニババ”と呼ぶ妻には食事を作ってもらえず、息子、娘にはバカにされるか無視される哀れな雨野ダメ助(あまの・だめすけ)。テレビアニメ化、映画化された。
 「会社のため懸命に働く“モーレツ社員”という言葉が使われた時代に、ダメおやじは正反対の存在として描かれた。家庭内の父親の序列が徐々に崩れていったため、時代を先取りしたと見ることもできる」と天田学芸員は話す。
脱成長論
 やまさき十三さん(77)と北見けんいちさん(77)の「釣りバカ日誌」はオイルショック後の低成長が常態化していた54年に連載が始まり、現在も続く。落ちこぼれ万年ヒラ社員の浜崎伝助は、会社トップと同じ趣味(釣り)での才能が幸いし、社内に居場所を確保。ただ、それをいかして出世しようとの願望はない。
 本展の監修を務めたサラリーマン兼ライターの真実一郎(しんじつ・いちろう)氏は平成22年に出した著書「サラリーマン漫画の戦後史」(洋泉社)のなかで、「ハマちゃん的なサラリーマンを待ち受けるのは“優雅な衰退”かも」と記した。あれから8年。改めて考察してもらった。
 「大企業に所属していれば、あとは趣味を充実させて優雅に暮らすほうが豊かだ-という提案だった。しかし、『脱成長論』は成長している時代だったからこそ理想論として魅力があった」
失われた20年
 平成に入ってからスタートした新井英樹さん(54)の「宮本から君へ」は、冷静沈着な島耕作とは正反対のサラリーマン。今春、テレビ東京系で放送されたドラマ版で主演の池松壮亮(いけまつ・そうすけ)さん(28)が大汗をかき、何度も土下座してみせたようにスマートさのかけらもない。時代は、バブル景気が終焉(しゅうえん)を迎える直前で、まだ活気があった。
 時代を下って平成6年~8年に連載された国友やすゆきさん(65)の「100億の男」について、真実氏は「バブル崩壊後の『失われた20年』到来をどんなコンテンツより早く象徴的に予見した作品」と評価する。
 100億円もの借金を背負った富沢琢矢(とみざわ・たくや)は、返済のためギャンブルのようなビジネスのスリルに取りつかれていく。グローバリズムや企業買収も盛り込まれた。
副業漫画家登場
 失われた20年で、サラリーマンが輝きを失い、サラリーマン漫画は一時減少した。代わって医者や料理人など特定の職業を描く作品が増えた。
 「サラリーマン漫画は失速するかと思ったが、サラリーマンとして働きながらインターネット上で漫画を発表する人が増えた」と真実氏は現代の潮流を話す。
 システムエンジニアである作者の実録に近いよしたにさん(40)の「ぼく、オタリーマン」や、ダメ社員“あるある”をまとめたサレンダー橋本さんの「働かざる者たち」などだ。
 「ネット発の“副業漫画家”の作品には、サラリーマン経験者ならではのリアリティーがある。(会社に飼い慣らされた)社畜生活を訴える作品が多いが、内容も多様化していくはずです」と真実氏は語る。
金太郎、ほえる!
 暴走族の総長だった漁師の矢島金太郎が、経営陣や総会屋と大げんかした後、仲間になっていく「サラリーマン金太郎」は、学歴より実力が重視される現代を見通したような設定だ。会場内には、「サラリーマン金太郎」の一場面のセリフを考える参加型イベントも実施。地元小学生も参加しており、独特の発想力による秀逸なひと言で笑わせてくれる。(文化部 伊藤洋一)
 開催中。9月24日まで。観覧料は一般500円、65歳以上400円、高校・大学生250円、中学生以下は無料。15、24日は午後2時から、学芸員によるギャラリートークがある。