慰安婦合意は棚上げのまま 再び韓国ペースで対日関係改善か

ソウルから 倭人の眼
韓国大統領府で記者会見に臨む韓国の文在寅大統領=5月(AP)

 韓国の法定記念日「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」(8月14日)の演説で、慰安婦問題について「韓日間の外交交渉で解決するとは考えていない」と断言した文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、一方で対日関係の改善を希求している。2015年の日韓合意で「最終的かつ不可逆的な解決」が確認されたはずの慰安婦問題の“解決”を認めず、それでも日本とは仲良くしたいという。韓国の理想の下で日韓関係は再び動き始めるのか。(ソウル 名村隆寛)

(※8月26日にアップされた記事を再掲載しています)

対日批判避けた演説

 演説で文氏は慰安婦問題に関し「韓日の歴史問題だけでなく、戦時の女性への性暴力問題で普遍的な女性人権問題」「韓日を含む全世界が性暴力と女性の人権問題を深く反省し、再び繰り返さないと固く決心して解決される」とも語った。

 一方で文氏は「問題が韓日間の外交紛争につながらないことを望む」と述べたが、これらは韓国政府が1月に発表した日韓合意に対する新たな方針や、3月の「3・1独立運動」の式典で文氏が演説した内容を再度示したものだ。韓国世論に配慮しながらも「日本との外交紛争は避けるべき」と暗に説得するかのような発言。日本との関係悪化は極力回避したいようだ。

 日本への責任追及を避けたが、今回も慰安婦問題を日本に丸投げした文氏。日本の朝鮮半島統治からの解放記念日である翌15日の演説では、日本との歴史問題には深く踏み込まなかった。それどころか「安倍晋三首相と韓日関係を未来志向的に発展させ、朝鮮半島と北東アジアの平和と繁栄に向け緊密に協力することで一致した」と明言した。

対日関係改善の好機

 日本との歴史がからむ記念日の演説で、異例にも日韓協力に言及した背景には、対日関係改善への文氏なりの意志がうかがえる。韓国政府関係者は、昨年の政権発足当時から「文在寅大統領が理想としている韓日関係は、1998年に小渕恵三元首相と金大中(キム・デジュン)元大統領が合意した日韓パートナーシップ宣言当時の関係」と言い続けている。

 今年10月8日には同宣言からまる20年を迎える。韓国にとり対日関係改善の好機で、日本側にしても悪い話ではない。安倍首相は2月の平昌五輪の際に訪韓し、文氏は5月に日帰りだったが日中韓首脳会談のため初訪日した。各種の首脳会議でも両氏はすでに何度も顔を合わせている。

 日韓政府間では10月8日を中心に文氏の訪日が調整されているようだ。韓国政府としては、節目の年に何としても成果を残したいところだろう。ただ、慰安婦問題では譲れないが日本との関係はよくしたいという悩ましい思い。背景には韓国の事情がうかがえる。

韓国が困ると関係は改善

 過去の日韓関係を振り返り、韓国が困った状況に置かれたとき、両国関係は改善するとの見方がある。韓国が極貧状態にあった1965年に日韓は国交正常化。光州事件などで国際的非難を浴びた全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が83年に訪日。97~98年の韓国での金融危機直後に金大中政権が発足し、同年、東京で日韓パートナーシップ宣言を発表した。

 では今回、文政権が日本に歩み寄る理由は何か。韓国で今、最も深刻な問題は経済だ。特に雇用状況の一層の悪化。人件費や物価上昇。自営業者の廃業増。製造業の不振。個人破産の増大。好調を維持しているのは半導体関連ぐらいだ。

 文氏は20日、大統領府での首席・補佐官会議で、雇用問題での政府の責任を認め、経済政策担当の室長や企画財政相に進退をかけ対処するよう命じた。韓国経済は泥沼に向かい悪循環を繰り返している。今、韓国は本当に困っているのだ。

 こうした中、韓国では日本に職を求める若年層も増えており、最近では韓国政府や財界が日本での就職を積極支援するまでになっている。雇用で日本の協力が欠かせないことを韓国政府も認めている。

 日本経済が好調で人手不足であることは韓国でもよく知られている。どん底に突き進む韓国で、日本の景気について聞かれることが最近、特に多い。

繰り返す関係改善と悪化

 韓国にとって日本は、困った際に言うことを聞いてくれる、相変わらず手軽に利用できる隣国のようだ。文氏は慰安婦問題をめぐる日韓合意の「再交渉は求めない」と断言したが、国同士の約束をほごにしても、日本には期待している。

 慰安婦問題での外交紛争を望まないのなら、日韓合意を履行すれば済むことだ。だが、日韓合意の精神に反し釜山(プサン)の日本総領事館前に設置された慰安婦像は今も撤去されていない。ソウルの日本大使館前の慰安婦像も放置状態だ。国民感情を理由に当局は手が出せない。それどころか、自治体により保護され、慰安婦問題の聖地と化している。

 釜山の像設置の対抗措置として日本政府は日韓通貨交換(スワップ)協定再開の協議中断や日韓ハイレベル経済協議の延期を今も継続している。韓国政府はこの対抗措置をどうにか取り下げてほしいのだ。

 韓国が日本との関係改善を語る際好んで使う「未来志向的」な方向に、韓国の国内事情や意向に沿って日韓関係は当面進みそうだ。ただ、改善した後で必ずといっていいほど再悪化も繰り返してきた日韓関係。ほとんどが、歴史認識問題を中心とした韓国側の国内事情や国民感情によって。

 韓国の事情で、ちゃぶ台をひっくり返され約束をほごにされても付き合わされる日本。さんざん振り回された教訓を生かし、今後、距離を置こうとしても、韓国がそれを許す保証はどこにもない。