金足農ナインの巻 おとなしい県民性を戦うチームへ変貌させるには

佐藤綾子のパフォーマンス講座(36)
全力で校歌を歌う金足農ナイン=8月20日、甲子園球場(佐藤徳昭撮影)

 《パフォーマンス学の権威として知られる佐藤綾子氏が、「リーダーたちに学ぶ伝え方」として、各界の第一線で活躍するリーダーの所作を通じ、社内でのプレゼンテーションや営業トークといったビジネスの現場で役立つテクニックを伝授します。産経ニュースへの特別寄稿です》

アンチパフォーマンス型からの脱皮

 秋田県代表のナインに日本中が注目した夏となりました。第100回となる全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)で、金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出したのです。

 秋田県の人たちは本当に辛抱強い。10年以上前、男鹿半島で開かれた商工会議所主催の講演会に呼ばれ、なまはげの実演を見て「なるほど」と実感したことがあります。能面のような他のマスクに比べて圧倒的に重いなまはげの面。ひげには馬の毛が使われ、面も厚みもただごとではありません。実際に顔に着けてみましたが、私は一歩も動けませんでした。そんな重い物をつけ、家を1軒ずつ回って子供たちの頭に噛み付く振りをしたりします。その文化一つをとってみても、忍耐力の強さに思いをはせます。

 また、秋田弁は決して長々とは語りません。「ご飯をどうぞ」というのを「け」。「いただきます」を「く」と言います。「どさ」「ゆさ」も有名です。「どこへ行くんですか」「おふろですよ」のことです。寒冷な気候の地方では、話す言葉を最小限に抑えていることがわかります。アンチパフォーマンス型の生活文化なのです。

 こうした中で、選手たちの冬の練習ぶりには猛烈なものがあります。少し前に秋田球児の冬の練習をビデオで見てびっくり仰天。雪の中でもかまわずお互いをおんぶして走り込んでいました。身体にかかる負担は雪の分だけ重くなります。要するに秋田の人は我慢強く無口なのです。「さあ、勝ちに行くぞ!」と大声で叫ぶような文化性とは違うのです。

 ところが、金足農のアルプススタンドの応援は何ということでしょう。ほぼ身体を弓なりにのけぞらせて応援歌を歌っています。エースの吉田輝星君にしても試合後、顔を真っ赤にして全力で校歌を歌っています。あんなエネルギーが残っていたのかと思います。全員一致の動きは花びらが開くようにパワフルで美しい。アンチパフォーマンス型の伝統から表現する集団へ変化している。それが大きな驚きでした。

市民まで意識を変える

 誰だってそうですが、何度やっても1、2回戦で負ければ、「どうせまた出てもダメだろう」と思うのが人間です。その意識を変えるため、秋田の人たちは猛烈な勢いでプロジェクトに立ち向かったそうです。社会人野球の名門、日本新薬の前田正治元監督が解説してくれました。

 「おとなしい県民性なので」という弱気な指導者らを説き伏せ、「勝つためには相手より意識を上に持っていかないとダメだ」と呼びかけ、各校が持っていた甲子園出場校の細かいデータやマニュアルを整理して一本化し、「甲子園に行けるんだ」と強く呼びかけました。この意識改革が指導者を変え、選手を変えていったのです。

 もともと吉田投手は高校生離れした速球の持ち主ですが、そんな優れた投手の育成だけでなく、市民の意識改革もやってしまった。そのあらわれがパブリックビューイング会場に訪れた人の多さです。会場には1500人もの市民が集まり、優勝を逃した瞬間には号泣する姿がありました。意識改革は選手、監督から市民にまで行き届いたのです。

スターの存在も重要

 チームにスターがいなくても勝つことはできるでしょう。いわゆる全員野球です。でも、やっぱり今はヒーロー、ヒロインの時代。ぱっとテレビで見て、端正な顔つきの吉田投手のファンになった人は日本中にたくさんいるでしょう。

 その効果は、夏の甲子園100回目にして入場者が100万人を初めて超えたという数字にも結びついているかもしれません。もちろん決勝戦の相手だった大阪桐蔭(北大阪代表)のファンもいたでしょうが、日本人はもともと判官びいき。あまり勝てない県から出てたチームが大番狂わせを演じ、その中からスター選手があらわれるのです。

 今までの例だと「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹投手や「マー君」こと田中将大投手もそうですが、1人のスターが出たことでチーム全体が目立ってくる。これも大きな効果があったでしょう。

 ともあれ、全国が「かなのう」に沸いた夏でした。史上初となる2度目の春夏連覇を果たした大阪桐蔭の方が知名度も高いし応援団などの数も多いでしょう。けれど、熱気の大きさでは圧倒的に秋田びいきが上回ったと言えそうです。

 【実践ポイント】

 ●「おとなしい」からと言って諦めない

 ●意識を変えるには当事者だけでなく市民まで

 ●なんだかんだ言ってもヒーローは重要

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 【プロフィル】佐藤綾子(さとう・あやこ)=日本大学芸術学部教授を経て現在、ハリウッド大学院大学教授。博士(パフォーマンス学・心理学)。社団法人パフォーマンス教育協会理事長、「佐藤綾子のパフォーマンス学講座(R)」主宰。自己表現研究の第一人者として、累計4万人のビジネスリーダーとエグゼクティブ、首相経験者を含む54人の国会議員と地方議員のスピーチ指導で政・財・医学界の信頼を集める。単行本190冊、著作累計319万部。