マハティール氏を見習いたい 有利なタイミングで最大利益の老獪外交

矢板明夫の中国点描
20日、北京の人民大会堂で硬い表情を浮かべる中国の李克強首相(右)とマレーシアのマハティール首相(ロイター)

 「私たちは新しい植民地主義を目にしたくない」

 中国を訪問したマレーシアのマハティール首相が今月20日、中国の李克強首相と会談後の共同記者会見で突然こう口にした。

 名指しこそしていないが、近年、すさまじい勢いでマレーシアに対し経済浸透を図る中国を牽制(けんせい)する発言であることは明らかだ。会見に参加した中国人記者によれば、隣に立つ李首相は苦虫をかみつぶしたような表情でこれを聞いていた。

 その後、習近平国家主席との会談に臨んだマハティール氏は再び「新植民地主義に反対する」との趣旨の発言をした。中国に対し「ものを言うリーダー」であることを強く印象づけた。

 今回、マハティール氏が訪中した主な目的は、習政権が推進する経済圏構想「一帯一路」の複数の関連事業の中止を通告するためである。ナジブ前政権と中国側がさまざまな契約を交わしたが、5月に首相に就任したマハティール氏は「採算がとれない」と中止を判断した。すでに着工しているマレーシア東海岸鉄道などについて莫大(ばくだい)な違約金が発生する可能性もあり、マハティール氏はその減免をも中国側に求めている。

 中国の外交関係者によれば、中国側はマハティール氏の発言と要求に対し大いに不満があった。しかし今、米国との貿易戦争が白熱しており、東南アジアの主要国であるマレーシアとの本格的な対立は避けなければならない。結局、マハティール氏の要求の一部を渋々、了承せざるを得なかったという。

 93歳の老練の政治家が、国際情勢の変化と中国の内情を読み切り、もっとも有利なタイミングで訪中して、自国にとって最大利益を勝ち取ったのである。

 今春から本格化した米中貿易摩擦は、すでに中国の経済に大きな打撃を与えている。国際社会での孤立を避けるため、中国はこれまでの周辺国に対する高圧的な態度を改め、次々と関係修復に乗り出している。

 この夏、中国がもっとも力を入れていたのが、日本との関係改善だ。官製メディアに掲載される歴史問題などで日本を批判する記事が激減。上海師範大学で8月上旬に予定されていた慰安婦に関する国際シンポジウムが急遽(きゅうきょ)、中止になったことは象徴的な出来事である。開催直前になって、中国外務省から「日本を刺激してはならない」とのお達しがあったからだ。

 また、中国の漁業当局は8月初め、福建、浙江省の漁民に対し、「釣魚島(尖閣諸島の中国側呼称)周辺になるべく近づくな」との通達を出していたことが複数の関係者の証言で明らかになった。中国当局は昨年まで、自国の漁師らに対し、尖閣周辺を航行することを推奨し、燃料補助の名目で奨励金まで出していた。

 共産党関係者は「今後、中国製品の米国への輸出が難しくなるため、日本のマーケットを確保しなければならない。あわよくば、中国と同じく、米トランプ政権との貿易摩擦を抱える日本と共闘関係にもっていきたい」と語る。

 安倍晋三首相の年内の訪中が検討されている。中国側はすでに準備を始めており、日中友好ムードを大々的に演出する意向との情報もある。マハティール氏の老獪(ろうかい)な外交手腕を見習い、中国のペースに乗せられることなく、スパイ容疑で拘束されている日本人の釈放など日本側の要求を厳然と伝えてもらいたい。(外信部次長)