松岡修造さんに聞く(下)26歳で引退したボルグ…「彼は完全に孤独だった」

映画「ボルグ/マッケンロー」
「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」でボルグを演じたスベリル・グドナソン(左)とマッケンロー役のシャイア・ラブーフ

思い知った世界トップのテニス

--マッケンローと実際に対戦したが

 《1988年4月のサントリー・ジャパン・オープン準々決勝で6-7、6-7と善戦した》 

 「実際に試合をして感じたのは、どんなに追いつめられた場面でも、ここぞというところでパーフェクトな戦略でプレーができるということ。こんなパーフェクトなプレーをする選手がいることの驚きと、これが世界のトップクラスのテニスなんだと思い知らされたのをよく覚えています」

--今のトップ選手であるラファエル・ナダルと昔のマッケンローが対戦したら?

 「あの頃のテニスと今のテニスはプレースタイルから違いますから比較は難しいですね。現代と昔の違いでいえば、当時は試合が終わったら選手同士でお酒を飲みながらコミュニケーションをとったりと、社交的な部分を大事にしてきた時代でした。しかし今の選手たちはいい意味である一定の距離感を保ちながらお互いをリスペクトし合うというスタイルなので、必要以上の個人的交流はあまりないと思います。ボルグとマッケンローの時代はテニスがプロフェッショナルスポーツへと変わっていくターニングポイントでした。ボルグは完全に孤独だったし、その孤独を解消できるものが見つけられなかったからこそ、彼は26歳という若さで辞めてしまうわけです」

完璧主義者の苦しみ

--映画でも描かれているが、ボルグのようなげん担ぎをしたことは?

 「もちろんありました。ボルグを引退へと追いつめたのもこのルーティン(決まった手順や所作)でした。ルーティンは選手にとってとても大事です。例えば(サービス前に)ナダルは必ず(顔の)触る場所を決めていて、どんな悪い状況になっても、それをすることによってゼロの状態に戻って、いいスタートが切れる。これがルーティンです。だから(米大リーグの)イチローさんも同じルーティンを保って打席に立つわけです。ただ、ボルグはそのルーティンが多すぎました。全部がルーティン。車も家も泊まる部屋のすべてにおいて同じじゃなければいけなかった。彼は完璧主義でした。彼にとってのルーティンが狂ったとき“だめだ”と思っちゃうんですよね。だからルーティンはなるべく少ない方がいい。ボルグは、完璧主義者ならではの苦しみとずっと闘っていた。だから自由はなかったでしょう。見ていてつらくてしようがなかったです」

--松岡さん自身のルーティンは

 「ボールボーイから必ず左からボールをもらうとか、トスを上げる前にボールをつくのは必ず7回とか、ものすごくありました。でもそれは気持ちを落ち着かせるためであって、自分を苦しめるルーティンではありませんでした。ですから、子供たちを指導するときも、自分なりのルーティンを持つようには伝えていますが、大事なのはそれができなかったときでも大丈夫だと思える力を持つことです。ルーティンは決して自分を追いつめるものではなく、試合中に心身が崩れないように、自分の心を整理するためのものでなければならないと思っています」

伊達公子さんの孤独

 「そんなボルグにとってはルーティンと孤独さが彼の力であり支えだった。でもマッケンローに次の年(1981年ウィンブルドン男子単決勝)に破れたときに潰れてしまいます。彼の選択は辞めることしか考えられなかった。テニス人生においてこんな残酷なことはありません。僕の中でどうしても重なってしまうのが伊達公子さん。彼女も26歳で一度現役を引退しましたが、彼女の引退を聞いたとき、僕はどうしても理解できなかったんです」

 「なぜなら伊達さんは、当時世界一のシュテフィ・グラフにも勝てていた。世界ランクも4位まで上り詰めていた。グランドスラム(全豪、全仏、全英、全米の世界4大大会)を制覇するのも夢ではない、というときに引退という結論を出した彼女を、当時の僕は理解することができず、何度も彼女に『なぜなんだ!』と手紙を書き、必死に彼女の引退を引き留めていた。でも伊達さんもボルグのように引退を選択することしかできないほど、独りで苦しんでいたのでしょう。この映画を見て彼女のその時の思いをやっと理解することができました」

(WEB編集チーム 伊藤徳裕)