東京の奥座敷「熱海」が華麗に復活したヒミツ

経済インサイド
若い個人旅行客でにぎわう「ゲストハウスMARUYA」1階入り口で営業するカフェ&バー

 日本三大温泉の1つに数えられる「熱海」(静岡県)がにぎわいを取り戻している。高度成長期に「東京の奥座敷」として多くの新婚旅行や社員旅行の客が訪れたが、平成10年ごろからバブル経済の崩壊や団体旅行の減少が進んだことで、18年には熱海市が財政危機を宣言するまでに衰退した。その後地域挙げての街興しの成果が実を結び、昨年ごろから“熱海復活”として注目され始めている。

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 夏休みの行楽客が行き交うJR熱海駅前の土産物店が並ぶアーケード街を抜けて15分ほど歩くと、メインストリートの「熱海銀座商店街」にたどり着く。入り口付近には創業100年の和菓子店「熱海本家ときわぎ」の風格ある宮造りの店舗が目を引く。日用雑貨店や喫茶店、紳士・婦人洋品店、銀行といった地域の人が日常の買い物をする店のほか、ジェラート(氷菓)店、カフェなど観光客向け店舗も含め、30店が長さ170メートルの道の両側に並ぶ。

 通りの中ほどに、新名所ともいえる若者でにぎわう一角がある。「ゲストハウスMARUYA(マルヤ)」の1階入り口で営業するカフェ&バーでは、歩道に面して扉のない開放的なスペースで、観光客が地酒や地ビールを味わって談笑している。店頭に備えられたグリル(調理用の焼網)では、観光客が周辺の店で買った干物を焼く香ばしいにおいが立ち込めている。リゾート地特有のゆったりとした心地よさが漂い、店内では外国語も飛び交う。

 このゲストハウスを運営しているのは、熱海の中心市街地再生事業を手掛けているmachimori(マチモリ、熱海市)社長の市来広一郎さん。「若い人を呼び込むことで商店街を活気づけ、『熱海のファン』づくりのため」にオープンした。

 宿泊客向けに毎週土曜日には、周辺を歩いてめぐるツアーを開いて街の魅力を伝えている。現在の洗練された各地の観光地と比べると古くさいが、高度成長期の面影を残した古き良き昭和の雰囲気が残る街並みは、若い人には新鮮に映るようだ。例えば三島由紀夫や谷崎潤一郎、越路吹雪といった文化人も通った老舗純喫茶「ボンネット」が会員制交流サイト(SNS)で紹介され、人気店になるといった効果が表れている。他にも周辺を回遊するようになり、徐々に若い観光客でにぎわうようになってきているという。

 熱海が最も活気づいたのは昭和40年代。市の入湯税からみた宿泊利用者は年間450万人を超えることもあったが、平成4年度から減り続けて23年度には250万人を割り込み、ピーク時に比べて半減近くまで落ち込んだ。熱海市観光経済課の富岡久和課長は「熱海銀座商店街の3分の1が空き店舗になった」と活気が失われた当時について語る。市来さんは「わずか数年で街が廃虚のようになった」と振り返った。

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 市来さんは東京の大学に進学し、卒業後そのまま熱海に戻らずにコンサルティング会社に就職する。しかし熱海の地域興しを担おうと19年にUターン。地域興しのヒントを得ようと住民に調査したところ、「熱海は何もない」と自信をなくして諦めている人が多いことにショックを受ける。「観光客を呼び込む前に、地元の人に熱海の魅力を再認識してもらいたい」という思いから、熱海市、市観光協会などと協力して、農業など地域資源を活用した体験交流ツアーのほか、熱海銀座商店街で定期的に青空市を開いた。いずれも「地元の人の意識を変えるため」だった。徐々に青空市には人が押し寄せるようになり、出店者の中から商店街の空き店舗を借りて本格的に店を開く人が現れる。今では熱海銀座30店舗のうち空き店舗は2店のみになった。

 人が増えて活気づいたことで周囲も変わり始める。熱海銀座の干物店が地元産の品ぞろえを徹底することで付加価値を高めたほか、駅前の「仲見世商店街」では干物店がカフェに業態転換するなど集客への取り組みが活発化している。「ちょうど商店主の世代交代の時期に重なり、後継者世代が意欲的に取り組むようになった」と街全体が変わろうとしている。住民の意識も変化し、熱海市などの調査によると8割超の人が「以前と比べてよくなった」と回答している。

 よい方向に向かいつつある熱海だが課題もある。その一つが高齢化率の高さだ。全国平均が27%であるのに対して熱海市は45%超となっている。これが空き家と空き店舗の多さにもつながっている。地域の課題解消のため市来さんは「空き物件を活用して宿泊施設を運営したい。ファミリー向け、中高年向けといった多様な形態で幅広い人を呼び込み、付加価値の高い産業を生み出す」と将来像を語る。地域の資源を生かし新たな業態を生み出すことで、地域を活性化させる。(経済本部 佐竹一秀)