対米貿易摩擦を「休戦」に持ち込んだEU 大豆・LNGでしたたか交渉術

激動ヨーロッパ

 欧州連合(EU)が米国との貿易摩擦を「休戦」に持ち込んだ。EUが表明した米国産大豆や液化天然ガス(LNG)の購入拡大には「譲歩」との見方もあるが、実際には新たな取り組みは約束しておらず、したたかな交渉術をみせつけたともいえる結果。とはいえ関税撤廃などをめぐる米欧間の今後の交渉は難航必至で、「終戦」に向けた道のりは険しい。(ベルリン 宮下日出男)

 「これこそ欧州と米国の市民双方にとって利益となる状況だ」。ユンケル氏をトップとするEU欧州員会は8月1日、胸を張るようにEUの大豆輸入量の統計を発表した。

 統計によると、今年7月の米国産大豆の輸入量は約35万9305トンに上り、昨年同月の4倍近くという大幅増加を記録した。大豆の輸入全体に占める米国産の割合も8・7%から36・5%に一気に拡大し、最大の輸入元であるブラジルに次ぐ2位に躍り出た。

何もせず輸入4倍

 ユンケル氏は7月下旬にワシントンでトランプ氏と会談した際、EUの自動車に対する輸出制限を当面回避する代わりに、米国からの大豆とLNGの輸入を増やす考えを示した。トランプ氏には中国との貿易摩擦で打撃を受けた米農家などの反発が強まっていただけに、この申し出は“助け舟”になったとされる。

 欧州委は統計の発表でEUの“有言実行”を示した形。ただ、米国産大豆の輸入増加のために何かしたのかといえば、何もしていない。企業に特定の物品購入を強要する権限はEUになく、米国産大豆の輸入関税もすでにゼロ。そもそもEUにできることはない。

 輸入急増は単に「市場原理」が働いた結果にすぎない。中国は米国への対抗措置として米国産大豆にも追加関税を課し、ブラジル産の大豆輸入を増やした。このため、ブラジル産の価格が上昇する一方、市場でだぶついた米国産は価格が下落。欧州の業者はこれに目をつけ、米国産の購入を増やしていた。

規制撤廃を逆要求

 LNGをめぐる状況も似ている。欧州委は9日、米国産LNGの輸入状況についても発表し、2016年4月に米国産LNGの輸入を初めて以降、その輸入量は28億立方メートルに上るとした上、米国産LNGの輸出先に占めるEUのシェアも16年の5%から10%以上に拡大したと明らかにした。

 EUではパイプラインを通じたロシア産天然ガスへの依存の解消がかねて課題で、EU域内の生産量も減少傾向にある中、調達先の多様化を急いでいる。LNG基地などのインフラ整備はEUも支援し、以前から貯蔵能力を拡大する計画を進めてきた。

 EUはもともとオバマ前政権時代から米国に対し、欧州へのLNG輸出拡大を求めていた。価格が割高という課題はあるが、EU側の貯蔵能力には十分ゆとりがあるともされ、欧州委は発表で「EU側に障壁はない」と強調。逆に事前の輸出承認など規制をなくすよう米国に求めた。

 欧州メディアによると、ユンケル氏はトランプ氏との会談で大豆やLNGなど世界市場の現状の説明以上はほとんど話していないともいい、政治サイト「ポリティコ」(欧州版)は「EUがすでにやっていることを申し出た」だけだとの見方を伝えた。

農業めぐり齟齬

 ただ、トランプ氏をうまく取り込んだかのようにみえるユンケル氏も、譲歩を迫られなかったわけではない。双方は今後、自動車を除く工業製品の関税や非関税障壁の撤廃などに向けて交渉するが、鉄鋼とアルミニウムに対する輸入制限は残る。制限の正式な適用除外を交渉条件とするEUの方針は貫けなかった。

 交渉の行方も予断はできない。ユンケル氏とトランプ氏は共同声明を発表したが、早速、解釈の齟齬が出てきている。

 声明には「農家や労働者に市場を開放する」との文言はあるが、農産品は交渉対象外というのがEU側の立場。一方、米側では「欧州はわれわれの農家と農業のチャンスを広げなければならない」(ムニューシン財務長官)と農業も交渉対象との主張が上がる。

 米国が念頭に置くのは、遺伝子組み換え食品の規制など農業分野の非関税障壁の交渉だ。米国内では農業のロビー団体が強い影響力を持つ一方、EUではフランスが交渉に強く反対している。このため、農業の取り扱いは交渉の「大きな障害」(英紙フィナンシャル・タイムズ)となりかねないとの見方も出ている。