(5)東京都文京区幼女殺害事件 松村恒夫さん(76)「世のおかしいものを直そうとやれることを」

被害者・遺族は問う
松村恒夫さんは刑事裁判の変化を「証拠品として扱われていた被害者遺族が裁判に参加できるようになり、当事者として認められたことは大きい」と話す

 《全国犯罪被害者の会(あすの会)の代表幹事を務めた松村恒夫さん(76)は、平成11年に当時2歳8カ月だった孫娘の春奈ちゃんを殺害され、突然、犯罪被害者遺族となった》

 春奈は、ビル屋上のクレーン車を見て「あのキリンさん、今日も仕事頑張ってるね」と言うような発想の豊かな子でした。事件直前、三輪車に乗っている様子をビデオに録画していました。なぜ、こんなかわいい子が…。

 《春奈ちゃんは同年11月22日、母親とともに兄を音羽幼稚園に迎えに行った後、行方不明となった》

 娘から「春奈がいなくなった」と連絡があり、あちこち捜し回りました。19日には春奈から「じいじ、幼稚園に受かったよ」とうれしそうな声で電話があったばかりでした。

 《公開捜査の末、音羽幼稚園に通う男児の母親が逮捕された。長女が春奈ちゃんと同じ幼稚園を受験し、不合格となっていたことから、報道が過熱した》

 「お受験戦争の犠牲者」と言われ、春奈の母親である娘が犯人をいじめていたという事実無根の報道をされました。それをうのみにした心ない匿名の手紙も届くようになり、娘は恐怖で外出できなくなりました。

 《逮捕された母親は殺人罪などで懲役15年が確定。すでに出所している》

 「なぜ殺されたのか」「死刑にしてほしい」との思いで裁判を見守りましたが、加害者のための裁判だと感じました。1審の退廷時に傍聴席から被告に「頑張れ」と声がかかり、私は思わず目の前を歩いていた被告に「春奈を返せ!」と叫びました。被告はガクッと膝を落として退廷していきました。悔しい思いをぶつけられたのはこの時だけで、被害者の発言の重さを感じました。結局、動機は解明されませんでした。

 《遺族は雑誌などを名誉毀損(きそん)で訴え、全て和解が成立した》

 報道を打ち消すにはマスコミを使うしかないという矛盾を感じました。客観的に検証する姿勢があれば、偏った報道は防げる-。それを自覚してほしい。

 《あすの会を立ち上げた岡村勲弁護士を紹介され活動に参加するようになる》

 最初、心の傷をなめ合う団体は嫌だと思っていましたが、岡村先生に「裁判の日程も勝手に決められている」という被害者遺族の置かれた状況を聞き、活動に参加しました。

 《あすの会は今年6月、活動に幕を閉じた》

 あすの会は「あすは元気になろう、幸せになろう」という意味で名付けられました。どうすれば事件前の生活に戻れるのかは今も分かりませんが、春奈のためというよりも、世の中のおかしいものを直そう、とやれることはやってきました。後悔はありません。僕が死んで向こうで会ったら「じいじ、よくやったね」と言ってもらえるかもしれません。=随時掲載

 東京都文京区幼女殺害事件 平成11年11月22日、東京都文京区の護国寺境内にある「音羽幼稚園」に隣接する公衆トイレで松村恒夫さんの孫、春奈ちゃんが殺害された。25日に出頭したのは、春奈ちゃんの兄とともに幼稚園に通っていた男児の母親。遺体は静岡県内にある実家の裏庭に埋めていた。1審東京地裁は懲役14年としたが、2審東京高裁が破棄して同15年を言い渡し、検察、弁護側双方が上告せずに確定。遺族が起こした民事訴訟では、20年間にわたって月命日ごとに約8万円を支払うよう命じる判決が確定したが、ほとんど支払われなかった。