次世代加速器建設の是非 村山斉氏「国際研究拠点に意義」 観山正見氏「国民の共感得られず」

ニッポンの議論
村山斉・米カリフォルニア大バークレー校教授(右)、観山正見・広島大特任教授(伊藤壽一郎撮影)

 物理学者の国際組織が岩手・宮城両県の北上山地に建設を目指す次世代加速器「国際リニアコライダー(ILC)」をめぐる議論が本格化している。建設の是非について日本学術会議が今月、審議を開始し、政府は年内にも最終決定する見通しだ。新たな物理法則の発見が期待される一方、日本が分担する巨額の建設費への懸念も根強い。推進派の村山斉・米カリフォルニア大バークレー校教授と、慎重派の観山正見・広島大特任教授に聞いた。(科学部 伊藤壽一郎)

村山斉・米カリフォルニア大バークレー校教授

 --ILCで期待できる成果は

 「電子と陽電子をほぼ光速に加速して衝突させ、宇宙誕生時のビッグバンに近い超高エネルギー状態を再現し、宇宙がどう始まり現在の世界が成り立ってきたかなどの謎に迫る。2012年に発見されたヒッグス粒子を詳しく調べ、素粒子物理学の基本である標準理論を超える新たな物理法則の発見を目指す。未知の暗黒物質が発見される可能性もある。どれもノーベル賞に値する成果だ」

 --日本にとってのメリットは

 「日本の将来への貢献になる。天然資源が乏しい日本は、頭脳の力で繁栄してきた。だが最近は基礎科学に用いる大型研究施設の年間予算が10年前の半分に減り、将来への投資をやめる国になってしまった。将来へきちんと投資して次の世代を作り、若者を啓発しないと日本の将来を支えていけない」

 --社会や地域にどう役立つのか

 「日本初の巨大な国際研究拠点に世界中の研究者が集まり、同じ目標を目指す。世界を一つにする環境が日本にでき、外交的、政治的な意義も大きい。経済的な波及効果も文部科学省の有識者会議が最大約2兆6千億円と試算した。新たなイノベーション(技術革新)につながる可能性もある」

 --日本に建設する理由は

 「欧州は、ヒッグス粒子を発見した欧州合同原子核研究所(CERN)の巨大な円形加速器LHCの運営で手いっぱい。米国は1千億円以上かかるような巨額研究プロジェクトは行わない方針だ。他にILCを実現できる技術力を持つのは日本しかない。その意味で日本は今、チャンスなのだ」

 --日米欧が分担する建設費は総額で最大約8千億円、年間運転経費は同約400億円と巨額だ

 「日本の分担は総建設費が半分強、運転経費は約6割の240億円程度とみられ、国際宇宙ステーションの日本の年間予算約400億円より低い。だが他分野の研究予算を圧迫してはいけない。科学技術予算とは別の枠組みを国に求めたい」

 --年内の意思決定を求めている

 「欧州では来年、素粒子物理学研究の新計画の議論が始まるが、日本が建設への態度を明確にしていないためILCが計画に盛り込まれるか不透明。盛り込まれなければ欧州はILC参加を見送るだろう。だから日本政府はILC建設に前向きだという姿勢を年内に打ち出し、名乗りを上げるべきだ」

 --今後の最大の課題は

 「国民の合意を得なければ税金を使えないから、日本全体に理解を広げることだ。イノベーションは基礎研究から生まれるケースが多いことを知ってほしい。理解拡大のため著名人による応援団を作るなど多様な取り組みを展開している」

 <むらやま・ひとし>昭和39年、東京都生まれ。東京大大学院理学系研究科博士課程修了。平成12年から現職。東大特任教授も務める。専門は理論物理学。25年からILCを推進する国際組織の副ディレクター。

観山正見・広島大特任教授

 --ILC構想をどう評価するか

 「ヒッグス粒子を詳細に調べ、新たな素粒子物理学の理論を構築する可能性を探ることは専門の研究者にとって意義深いであろうことは認める。だが、他国の研究者が既に発見してノーベル賞まで獲得しているヒッグス粒子を、この上さらに詳細観測するだけでは、大きなインパクトを感じない」

 --私たちの社会や生活に役立つか

 「素粒子の世界の研究成果は、私たちの生活にほとんど関係ない。建設に伴う経済効果や雇用創出はあるが、東北地方の持続的な景気浮揚につながらないのではないか。重要なのは国民が期待を持てる将来が描かれ、消費につながるかどうかだろう。今の説明では多くの人は夢を描けないと思う」

 --日本は費用負担が大きい

 「国際協力事業なので、日本がホスト(誘致国)でも分担額は50%を超えるべきではない。半分以上を支出して主導するのではなく、世界の英知と人材を集め、あくまでその一極という立場で進めないといけない。また、これほどの大事業は、進めるにつれ費用が膨らむのが通例で、その意味でも比率を抑えておく必要がある。そもそも本当に必要な研究施設なら、米欧はもっと負担をするはずだ。現状では日本がやりたがっているだけに見える」

 --科学技術予算を圧迫するか

 「推進側は、文部科学省の科学技術予算ではない別の枠組みの資金で建設し、他分野の研究予算は圧迫しないと主張するが、具体的説明が全くない。学術研究の施設なので、将来を考えたら文科省の科学技術予算を使わずにいられるわけがない。方策があるなら具体的に説明する必要があり、そうでないと、研究予算を圧迫される可能性がある多くの科学者が賛同しない」

 --国民の理解は得られるか

 「巨費を投じる以上、そんなすごいことをやるならと国民が納得して、わくわく感や期待感を持てないと困る。単にヒッグス粒子の詳細実験ができるといわれても、国民は共感できない。現時点では全く国民に伝わっていないと思う。それ以前に、国民のほとんどが構想を知らないのではないか。関心以前の問題だ。実現の大前提は国民の理解を得ることだが努力が足りない」

 --欧州の新計画を理由に、政府は年内の態度表明を求められている

 「欧州が本当にILCの重要性を認めているなら、年内に表明をしなくてもいつでも素粒子物理学研究の新計画に盛り込むはずだ。また計画に盛られたからといって、必ず欧州が費用を出すことにはならない。これは日本に建設することが前提の議論でしかない。ただ、日本に国際的研究拠点ができることには意義がある。期限ありきではなく、国は十分に慎重な議論や手続きを踏んだ上で態度を表明すべきだ」

 <みやま・しょうけん>昭和26年、広島県生まれ。京都大大学院理学研究科博士後期課程修了。平成24年から現職。専門は理論天文学。ILC構想の妥当性を検証する文部科学省有識者会議の委員を務めた。