芥川賞作家・朝吹真理子さん 7年の沈黙を破って世に問う「永遠」

 
「話し言葉だけではうまく説明できない、小説という運動の中だけで可能になるものがある」と話す朝吹真理子(三尾郁恵撮影)

 26歳での芥川賞受賞から7年。作家の朝吹真理子(あさぶき・まりこ)さん(33)が初めての長編小説「TIMELESS」(新潮社)を出した。恋愛感情は抱かずドライな形で命をつないでいく男女の姿を、幾層にも重なる時間の中に描く。自然と人類、歴史と現在といった境界も溶ける壮大な物語空間が広がる。

「タイトルは浮かんでいたけれど…」

 「本当に長い時間がかかってようやくできた小説。待ってくださっている人たちには申し訳ない、という気持ちでした」と振り返る。

 慶応大大学院在学中の平成21年に発表したデビュー作「流跡(りゅうせき)」でドゥマゴ文学賞。23年には、幼なじみの女性2人の過去と現在をつづる「きことわ」で芥川賞を射止めた。

 父は詩人の朝吹亮二さんで、大叔母は仏作家、サガンなどの翻訳で知られた朝吹登水子(とみこ)さん。“文学一家”に育った才媛の鮮烈なデビューは話題となったが、その後「TIMELESS」の連載を始める27年末まで筆が進まなかった。

 「『きことわ』を書き上げてすぐ、タイトルも、カップルの話というイメージも浮かんでいた。でも書いても書いても小説が進まなかったんです」と明かす。

 そんなとき、劇作家の飴屋法水(あめや・のりみず)さんに「舞台のテキストを書いてみない?」と誘われた。「小説すら書けていないのに」とためらったが、飴屋さんに「朝吹さんが書けなくても初日が来て千秋楽が来るから大丈夫」と言われ、気持ちが軽くなった。舞台の仕事を経験し小説を書きたいという思いもまた頭をもたげてきたという。

恋愛しない結婚

 「私たちは恋愛と結婚がイコールで結ばれる時代のただ中にいる。でも、恋愛しない自由も人間は持っていていい、という気持ちはずっとあった。何かに縛られない形で人と付き合おうとする女性像が自然と浮かんできたんです」

 物語の主人公は、人を愛することができない女性、うみ。うみは、広島で被爆した祖母をもつ高校の同級生、アミと成り行きに流されるようにして結婚する。恋愛感情を抱いていない2人は「交配」した末にアオという名の息子を授かる。結婚後も恋愛は自由で、2人とも互いの名字すらよく忘れる始末。でも離婚はしない。奇妙な距離感を保ったまま日々を過ごし、未来に命をつなごうとする男女の姿が描かれていく。

 タイトルは「時代を超越した」「永遠の」といった意味の英語。友人の披露宴からの帰りに六本木を散歩するうみとアミは、気づけばタイムスリップするようにして、すすき野原を歩いている。400年前の六本木は麻布が原と呼ばれ、現在の東京ミッドタウンの前あたりでは徳川2代将軍・秀忠の妻だった江姫(ごうひめ)が荼毘(だび)に付された。火葬でたかれた香木の煙は当時、1キロにわたり空にたなびいたとされる。そんな歴史的記憶も随所に流れ込み、物語の時空はぐんぐん広がる。

過去にならない時間

 「対談でご一緒した(歴史学者の)磯田道史(みちふみ)さんが六本木を走る帰りのタクシーの中で、『このあたりは江姫が火葬された場所なんです』と教えてくださって」と言う。

 「そのとき400年前の麻布が原が(江姫の火葬のときの)紫色の雲とともに現在に流れ込むビジョンが見えたんです。時間は過去から未来へリニア(直線的)に流れるものだと思われがちだけれど、過去にならないまま現在へと流れ込み偏在する時間が実はたくさんある。それを普段の生活では遮断しているだけだと感じる」

 超越するのは「時」だけではない。17歳になり奈良でアルバイト生活を送るアオの目の前で、激しい雨が降り、やがて若くして世を去った人々も空から逆さまに降ってくる。一見超現実的な描写からは、人と自然という垣根を超えた「生命の循環」の形がリアルに迫ってくる。

 「小さいころに見た、火葬場から上がる煙の記憶が今もある。思ったんですよね、あの煙は雲になり雨となって誰かの所へ降るんだなって…」。懐かしい記憶と、〈原子の総量は地球が誕生してから変わらない〉という、後に得た知識が自然と響きあった。

 「この自分の体も、原子にばらせば過去のいろんなものの名残でできている。そして命が絶えたら幾ばくかが何かに継承される、ということを繰り返して世界は続いていく。その地球の運動が面白いなと感じる」

夫の“断捨離”で…

 この小説を連載中の28年、同い年のデザイナー、渡辺康太郎さんと結婚した。「夫の“断捨離”で、家の書斎机がなくなっちゃったんです。それでソファに座って書いていたら腰が痛くなって…。最近は喫茶店で書いています。1日10時間は寝たい“ロングスリーパー”なので、執筆は大体遅く起きて夕方5時ごろまでですね」

 文章の調子を確認するように時折、口ずさみながら書く。「のどが渇くから飲食費がかさんで…」と笑うが、それが自然と読者の頭に入る流麗な文体のゆえんかもしれない。

 「手法も含めて書けば書くほど分からないことが増える。今は分からないことだらけ。でも、それが面白い」(文化部 海老沢類)

 朝吹真理子 あさぶき・まりこ。昭和59年、東京生まれ。慶応大大学院国文学専攻修士課程修了。デビュー作「流跡」で、平成22年にドゥマゴ文学賞。23年に「きことわ」で芥川賞を受けた。