またも軍の暗躍? パキスタンは救われるのか

国際情勢分析
7月22日、パキスタン南部カラチで、選挙運動のために設置されたイムラン・カーン氏の看板(ロイター)

 パキスタンで先月、下院の任期満了に伴う総選挙があり、野党のパキスタン正義運動(PTI)が第1党となって勝利した。この選挙は与党のパキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML-N)の党首だったシャリフ氏が昨年7月、裁判所の判断によって首相の座を追われ、最近、汚職罪で収監された中で行われた。背後にはこの国の政治を陰で操ってきた軍の暗躍があったと指摘される。民主主義が機能しないパキスタンはどこへ向かうのか。

 パキスタンという国は、2億人をやや上回る人口を抱える。人口約13億人の隣国インドが持つ「巨象」の印象に隠れがちだが、実はかなりの「大国」だ。

 この国では過去、何度も軍が政権を握ってきた。最近では、陸軍参謀長だったムシャラフ氏が1999年にクーデターでシャリフ氏を放逐し、その後、大統領の座に就いている。

 クーデターの大義名分というのは、どこの国でも似たり寄ったりだ。たいていは「汚職撲滅」である。国民の不満が高まると「正義の身方」として現れる。国民の中には、当初、軍の動きを「世直し」と評価する人もいるが、武力による統治と抑圧という実態が馬脚をあらわすと、次第に多くが失望するようになる。国際社会の非難が高まり、経済支援も滞るようになり民政へと振り子が戻っていく。

 パキスタンでは、こうした権力の「往復」が何度も起きてきた。軍はムシャラフ氏のクーデター以降、過去の教訓から学んだのか、直接手を下すことはなくなった。今回は、軍が司法を使って政権交代を図ったと理解されている。

 シャリフ氏が軍に嫌われた理由はいくつかある。まずは、いったん国外に逃亡し帰国を強行したムシャラフ氏の訴追手続きを進めたこと。もう一つはパキスタンの宿敵インドとの信頼醸成を進めようとしたことだ。

 シャリフ氏は実業家の出身で、インドと隣接する東部パンジャブ州を支持基盤とする。2013年に首相に就任し、インドとの関係改善による経済効果を狙っていた。1年後には、インドでやはり経済政策への手腕に期待がかかるモディ氏が首相になり、2人は会談を重ねた。

 経済が上向くことに誰も異論はないはずだ。だが、インドとの緊張が緩和されることは、パキスタン軍にとっては、利益ではない。両国はカシミール地方の領有権を争い軍事的に対立し、過去、3度の戦争を起こしたほか今も衝突が続いている。

 「パキスタン軍にとって、インドとの軍事的緊張が続いていることが、自分たちの存在意義を生む。適当に荒れている方が都合が良いのだ」

 首都イスラマバードの西側外交官はよく、こう語っている。

 さて、今回の司法によるシャリフ氏の有罪判決である。

 選挙前、何人かのパキスタン政府関係者に聞いてみたが、多くは「司法が力を持ちすぎだ」「政権は、選挙によって国民が選ぶものだ」と反発していた。軍に言及した人はいなかったが、その真意は容易に推し量ることができる。

 過去、何度も国際通貨基金(IMF)に援助を求めてきたパキスタンは、中国の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の「債務のわな」に陥り、秋にもIMFを頼ろうとしている。この国は民主政治へと向かう意思があるのか。国際社会は見据える必要がある。(外信部次長 岩田智雄)