【びっくりサイエンス】カイコの高度な生き残り術 「天敵呼ぶ香り」封じて餌食べ放題 - 産経ニュース

【びっくりサイエンス】カイコの高度な生き残り術 「天敵呼ぶ香り」封じて餌食べ放題

クワの葉を食べるカイコ(松井健二・山口大教授提供)
 大自然は弱肉強食、食うか食われるかの世界だ。生きものたちは、多様な戦略で生存競争を繰り広げている。昆虫の餌になりやすい植物も、昆虫の天敵を利用した実に巧妙な生き残り策で被害を減らしている。だが最近の山口大などのチームの研究で、繭が絹糸の原料になることで知られるカイコは、植物を上回る高度な戦略で天敵を封じ「餌食べ放題」の状態を実現していることが分かってきた。
天敵のハチやハエを呼び寄せて害虫駆除
 動くことができない陸上の植物は葉や茎を食べられる被害を軽減するため、さまざまな自衛策を持っている。その一つが「みどりの香り」というものだ。チョウやガなどの幼虫が葉や茎をかじり、細胞が壊れた際に生成して放出するヘキセナールという揮発性の化合物で、しばしば「青くさい草の香り」と表現される。
 この香りは、幼虫の天敵であるハチやハエを呼び寄せる。誘因されたハチやハエは幼虫に卵を産み付けたり食べさせたりする。卵は体内で孵化(ふか)し、幼虫の体を食い荒らして死なせる。こうして、植物は自分の葉や茎を食べる害虫を駆除しているのだ。
 「植物の間接防衛」と呼ばれる仕組みで、約30年前に発見された。陸上植物のほぼ全てが持つ機構で、モンシロチョウの幼虫に食い荒らされることが多いキャベツが、幼虫の天敵の寄生バチ「アオムシサムライコマユバチ」を呼び寄せることがよく知られている。
 ハチやハエの仲間は嗅覚に優れ、微弱な香りも嗅ぎつけることができる。チームの一員である高林純示・京都大教授らが2012年に発表した論文では、最大70メートル離れたみどりの香りに誘因されたことが報告されている。そのため、植物にとってかなり強力な自衛手段となっているのだ。
植物の自衛策を封じヤドリバエを呼ばせない
 カイコの場合は、ヤドリバエが天敵だ。カイコの餌であるクワの葉が放出したみどりの香りに呼び寄せられたヤドリバエは、カイコの口の近くの葉に卵を産み付け葉といっしょに食べさせる。卵は体内で孵化し、幼虫を食い荒らして死なせる。だが、実際にカイコがヤドリバエの幼虫に寄生されるケースは多くない。それはなぜか。実はカイコは植物より一枚上手だった。
 研究チームがカイコがクワの葉を食べる様子を観察すると、カイコはクワの葉のかじった跡に、頭部にある糸を吐く器官である「吐糸口(としこう)」から液体を分泌し塗りつけていた。そこで、普通のカイコと吐糸口を除去したカイコにクワの葉を食べさせ、放出されるみどりの香りの量を比べた。
 その結果、普通のカイコに食べさせたクワから放出される量の方が、はるかに少なかった。さらに詳しく調べると、吐糸口からの分泌物に含まれる酵素が、みどりの香りの生成を妨げていることが分かった。これまで知られていなかった新たな酵素だった。こうしてカイコはクワの自衛策を妨害し、天敵の襲来に邪魔されることなく、思うさまに餌を食べていたのだ。
農作物の害虫対策に活用できる可能性も
 研究チームによると、みどりの香りの生成を阻害して天敵の襲来を防ぐ昆虫のメカニズムの発見は世界で初めてという。
 この仕組みの発見は、農作物の害虫対策の開発にもつながる。カイコのようにみどりの香りを阻害する酵素を持つ害虫がいた場合、酵素の働きを妨げる薬剤を開発して散布すれば、被害の軽減が期待できる。
 また、今回見つかった酵素はチョウやガなどの鱗翅目(りんしもく)の昆虫だけが持つものとみられるが、他の昆虫からも同様の機能を担う物質が発見される可能性もある。
 チームの代表の松井健二・山口大教授は「新たに見つかったカイコの自衛機能をもっと詳しく調べることで、さらなる発見がある可能性がある。他の昆虫についても今後、幅広く調べてみたい」と話している。(科学部 伊藤壽一郎)