桑原あい 注目のジャズピアニストが手に入れた「自然体」で臨む新作 - 産経ニュース

桑原あい 注目のジャズピアニストが手に入れた「自然体」で臨む新作

注目のジャズピアニスト、桑原あい。「かわいいでしょ?」とお気に入りのアロハシャツはビンテージもの(石井健撮影)
注目のジャズピアニスト、桑原あい。「かわいいでしょ?」とお気に入りのアロハシャツはビンテージもの(石井健撮影)
ジャズピアニスト、桑原あいの新作「To The End Of This World」ジャケット写真
桑原あいの宣伝用写真は、一般的なピアニストらしさからはかけ離れたイメージなのがユニーク
 昨年2月、11月に作品を発表。今年も、もうすぐ新作を出す。ほぼ9カ月間隔だからハイペースだ。きっと、小柄な体に収まりきらないほどたくさんの音楽が、桑原(くわばら)あい(26)の内側からほとばしり出ているに違いない。
自然な変化
 注目の若手音楽家の一人。ジャズのピアノ奏者だ。
 昨年2月の作品は伝統的な編成である三重奏団(トリオ)で録音し、同11月の作品ではドラム奏者との二重奏(デュオ)に挑戦した。8月22日に「桑原あいザ・プロジェクト」名義で出す新作「To The End Of The World」はトリオを基本に、曲によって管楽器や弦楽器、さらにはボーカルやラップを加えた。多彩だ。変則的だ。
 「それぞれの曲が必要とする楽器や歌を加えました。“変化球”ではなく、自分の音楽を表現するための自然な流れ」
壊れた
 電子オルガンを習っていた。「天才少女」と週刊誌で紹介されたこともあったが、中学生の時にピアノに転向した。高校の音楽科を卒業すると、ピアノ奏者として働き始め、平成24年に初めてのCDを発表した。
 最初のうちは、トリオ編成で演奏することにこだわった。「この編成でなければ、自分が表現できないと執着した」。また、共演者には常に細い指示を出した。思い通りの音が返ってこないと、心の中で毒づいた。「どうして、こんな簡単なことができないの」
 こういう中間管理職、どこの職場にもいそうだが、こだわりが強い完全主義は、だれでもない自分を追い詰めた。演奏は問題ないが、作曲がまったくできないという形でスランプに陥ってしまった。半分、壊れた。
生きろ
 焦燥を抱えながら、スイス・モントルーで催される独奏のコンテストに挑んだ。国内大会で優勝し、2015年7月、本戦に進出。弾き終わると大喝采を浴びたのに、入賞を逃した。それだけに一層悔しかった。
 泣いていたらクインシー・ジョーンズ(85)が声をかけてくれた。ジャズトランペット奏者で、歌手、マイケル・ジャクソン(1958~2009年)の大ヒット作「スリラー」(1982年)などの制作を監修した米音楽界の大物。客席で聞いていた。
 「技術的に足りないものはない。若さゆえ、表現において十分ではないところはあったのかもしれないが、そんなものは年を重ねればいいだけだ」
 生き続ければいい、と助言して去るジョーンズの背中の大きさが忘れられず、この印象をなんとしても音楽にと帰国の飛行機の中で五線譜を取り出した。曲が書けた。そして、「楽になった。生きるのが楽しくなった」。
音楽の行方
 新作の題名は、日本語なら「この世界の果てまで」。スランプで苦しんでいた頃に、頭に浮かんだ。誰もが自分の世界を全力で生きている、という意味だという。
 今回は「録音当初に自分が抱いた作品のイメージなんか忘れました。共演者を信じたら、そんなものを超える音楽がここに出来上がりました」と言い切る。
 「演奏家のエゴは、音楽を負かす。必要なのは、ただ音楽が行きたい方向に耳を澄ますことです」
 開眼した。自然体でいること。
 今年後半は国内各地での公演が続く。なかでも9月、ドラムのスティーブ・ガッド(73)、ベースのウィル・リー(65)を招いたトリオで演奏するのが話題だ。
 この分野で知らない人はいない米国の筆頭演奏家の2人。昨年2月の作品に参加してもらった。ジョーンズの助言で勇気凛々だったときに共演を申し込んだら快諾された。「あなた方のような偉大な演奏家と…」と感謝を伝えたら、「君だって偉大な演奏家だ」とガッドは返したという。共に演奏するということは、相手を信じることだと改めて教わった。
 この3人で4カ所5公演を予定している。「新曲も用意してます。楽しみます」と張り切っている。(文化部 石井健)
公演予定
 【Ai Kuwabara with Steve Gadd & Will Lee】
 9月20日=名古屋ブルーノート
 9月21日=ビルボードライブ大阪
 9月22、23日=ブルーノート東京
 9月24日=モーションブルー横浜
 【桑原あいザ・プロジェクト「To The End Of This World」リリースツアー】
 11月4日=福岡Gate’s 7
 11月5日=大阪・梅田クラブクアトロ
 11月6日=名古屋クラブクアトロ
 11月7日=東京・浜離宮朝日ホール
 新作「To The End Of The World」
(ユニバーサルミュージック)
 (1)Opening-1
 (2)MAMA
 (3)Mother Sea
 (4)The Error
 (5)When You Feel Sad
 (6)Improvisation XV -Hommage A Edith Piaf-
 (7)Maria
 (8)919
 (9)Love Me or Leave Me
 (10)To The End Of This World
 「音楽の思うにまかせて作った」と話すが、その音楽は自身の内側から生まれるものなのだから、結局のところ作品には意識下の自己像が投影されている。つまり、この作品の世界観は、いまのこのピアニストの性質そのものだ。その世界観をおおざっぱにいうなら「真剣で深刻」。それは、もしかしたら、現代を生きる20代の多くと共通する「気分」なのかもしれない。
 (1)は、曲名が先にあった。アルバムの冒頭に配置したから名づけたわけではない。独奏から始まり、やがてフルートを加えた四重奏団となって、音楽は飛翔する。(2)は、ピアノ三重奏団を従えたラップだ。サックスがオブリガートをつける。京都を拠点とするラッパー、Daichi Yamamotoが自身の経験をビートに乗せ語る。
 おそらくこの2曲の変化の幅だけでも、このピアニストの変幻自在さを知ることになるだろう。
 個人的な白眉は(6)だ。仏作曲家がシャンソン歌手のエディット・ピアフにささげた曲。7分に及ぼうとする演奏だが、ピアニストは終盤にほんのわずか加わるだけ。音楽のほとんどは弦楽団が奏でる。にもかかわらず、ピアニストの視線はずっと感じられる。前述したように、この作品全体にピアニストの自己像が投影されているからだ。中盤から執拗(しつよう)に繰り返されるリフ(短い旋律)が聴く者に抗しがたい高揚感をもたらす。
 スティーブ・ガッドとウィル・リーが参加した昨年2月発売の作品は「Somehow,Someday,Somewhere」。冒頭で「伝統的な編成」と書いたが、編成は伝統的でもこの2人がいれば演奏はいつでも最先端だ。ドラム奏者、石若駿(いしわか・しゅん)(25)とのデュオで昨年11月に出したのは「Dear Family」。表題曲は、報道番組「サタデーステーション」(テレビ朝日系)「サンデーステーション」(同)のオープニングテーマ。
 桑原あい くわばら・あい。平成3年生まれ。洗足学園高等学校音楽科ジャズピアノ専攻卒。平成24年、アルバム「from here to there」でデビュー。これまでに6枚のアルバムを発表。また、アニメ「機動戦士ガンダムサンダーボルト」やゲーム用ソフト「スプラトゥーン2」の音楽にも参加。2人の姉、桑原ゆう、まこは共に作曲家。