レバノン出身の監督が描いた祖国のいま 「判決、ふたつの希望」

映画深層
レバノンを舞台にした映画「判決、ふたつの希望」の一場面 PHOTO(C)TESSALIT PRODUCTIONS - ROUGE INTERNATIONAL

 レバノンと聞くと、内戦による疲弊やパレスチナやシリアからの難民問題などで、映画どころではないだろうと考えがちだが、フランスとの合作「判決、ふたつの希望」(8月31日公開)は、レバノンならではの社会性を帯びながら娯楽性にもあふれた作品で、今年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされる快挙を達成した。

履歴書のような作品

 「社会的な映画を作ろうと思ったわけではなく、ただ直感でストーリーを組み立てたんだけどね」と、来日したジアド・ドゥエイリ監督(54)は飄々(ひょうひょう)と語る。そのストーリーは、主人公はどんな人間で、どんな過去を持ち、何を求めているか、ということだけを考えて書いた。また、レバノンの首都ベイルートで体験した出来事を下地にしたという。

 とあるアパートの補修作業を行っていた現場監督、ヤーセル(カメル・エル=バシャ)は、住人のトニー(アデル・カラム)ともめて、「くず野郎」と吐き捨てて立ち去る。収まらないトニーは工事会社にヤーセルの謝罪を要求する。所長に伴われて渋々謝りにきたヤーセルだが、トニーの放った一言に激怒して…。

 ヤーセルはパレスチナ移民のイスラム教徒、トニーはキリスト教系政党を熱心に支持するレバノン人という背景もあり、法廷闘争に持ち込まれたこの小さないざこざは、やがて国を挙げての大騒動に発展していく。

 昨年のベネチア国際映画祭に出品され、ヤーセル役のエル=バシャがパレスチナ人として初めて最優秀男優賞を受賞するなど、世界各地で評判を呼んでいる。

 ドゥエイリ監督の実体験とは、ある配管工と口論になったことがきっかけでその男性が解雇されてしまったというものだが、その前からこの作品の心理的な部分は自分の中にあったのではないかという。

 「ある意味、自分の人生の履歴書のようだともいえる」

圧力に屈せず

 ベイルートの生まれで、10代の多感な時期に、宗教対立にパレスチナ・ゲリラが絡んだレバノン内戦が勃発。両親は政治的な活動に身を置いていたが、ジアド少年は映画の道を志した。

 「なぜ映画をやりたかったかは直感的としか言いようがない。あえて言えば、ストーリーを語るのが好きだったからだと思う」

 娘にも2歳のころからオリジナルの物語を語って聞かせているという。10歳になった娘は、もはや父親の話を聞かないと眠れないほどだと笑う。

 しかし、レバノンは映画を学ぶ環境にはなく、19歳で渡米してサンディエゴ州立大学に留学。卒業後はクエンティン・タランティーノ監督の撮影助手として「レザボア・ドッグス」(1991年)や「パルプ・フィクション」(94年)などの作品につく。やがて98年に、レバノンを舞台にした長編映画「西ベイルート」で監督デビューを飾った。

 4作目となる今回の「判決、ふたつの希望」もレバノンで撮影したが、完成してからが大変だった。レバノン人のトニーがパレスチナ移民のヤーセルに放った一言は、歴史を背景にしたデリケートなせりふで、上映を阻止しようというさまざまな政治的な圧力がかかってきたという。

 「中東はいろんな意味で引き裂かれた地域であり、そのことで最も苦しむのが、われわれアーティストだ」

 弱いが、象徴的な立場なので、そうした圧力をかける対象にされやすいのだという。だが、サード・ハリリ首相が上映禁止にすべきではないと明言した。

 「幸運だった。5年前だったらこうはいかなかったかもしれないし、来年になったらどうなるかわからない。状況が違っていたら、アカデミー賞のノミネートもされなかったでしょう」

映画作家の仕事

 映画に、政治的なメッセージを込めているわけではない。社会を変えるのは、映画作家の仕事ではないと強調する。

 「映画について何か言われるのならちゃんと向き合うが、それ以外は放っておいてくれと言いたい」

 過去には逮捕されて軍事裁判にかけられたこともある。現在はパリを拠点に活動。西洋に住んでいていいのは、どれだけ好きに表現しても逮捕されないことだという。

 「中東に感化を受け、欧米に支持されるという、ちょっと不思議な立場だと思う」と自分のことを分析するドゥエイリ監督は「映画作りはとても孤独な戦いだし、運命に裏切られていると感じるときもある。でも表現することを怖いと思ったことは一度もない。究極の自由を信じています」と言い切った。(文化部 藤井克郎)

 ジアド・ドゥエイリ  Ziad Doueiri。 1963年、ベイルート生まれ。20歳のときに渡米し、サンディエゴ州立大学で映画を専攻。卒業後は、クエンティン・タランティーノ監督の撮影助手などを務めた後、98年の長編映画「西ベイルート」で初監督。アラブ映画祭でグランプリを獲得するなど、高い評価を受ける。4作目に当たる「判決、ふたつの希望」は、ベネチア国際映画祭のほか、ウィーン国際映画祭、ベオグラード国際映画祭などで受賞。今年のアカデミー賞では、外国語映画賞にレバノン史上初めてノミネートされた。

 「判決、ふたつの希望」 8月31日から東京・日比谷のTOHOシネマズシャンテ、名古屋・伏見ミリオン座、大阪ステーションシティシネマ、シネ・リーブル神戸、9月7日からMOVIX京都、8日から福岡・KBCシネマ、札幌シアターキノなど全国で順次公開。