【野党ウオッチ】「肯定的に書いて」旧民主党を彷彿…ぬぐえない国民民主党の「甘えの構造」  - 産経ニュース

【野党ウオッチ】「肯定的に書いて」旧民主党を彷彿…ぬぐえない国民民主党の「甘えの構造」 

国民民主党を結党後、初の街頭演説に臨む玉木雄一郎(右)、大塚耕平両共同代表=5月14日、東京・有楽町
国民民主党の党本部が入居する東京・永田町のビル屋上に設置された看板。掛け替えても「甘え」の体質は変わらず?=7月9日、東京都千代田区永田町(広池慶一撮影)
 取材相手からの注文や苦言に耳を傾けるのも記者の仕事である。そうした会話の中から次の記事の着想を得ることも少なくない。とはいえ、「ちょっとスジが違いませんか?」と首をかしげたくなることも…。
 大阪市内の所轄警察署を担当していた十数年前、ある事件の容疑者の身柄を署が押さえているという情報をつかんだ。
 捜査関係者らに取材を重ね、事実関係の詳細をほぼ確実に把握できた段階で、「当て取材」のために署長のもとへ足を運んだ。取材で得た情報をぶつけて反応をうかがうことで、記事にできるかどうかを判断するわけだ。
 正直、気が重かった。事案について報道発表をしていないということは、捜査当局にとって公表すべきでないと判断した事情があるのだと考えられる。「待った」をかけられたらどうしよう、いっそのこと署長に当てずに書いてしまおうか…。そんなことを思いめぐらしながら警察署を訪ね、話を切り出した。
 筆者の逡巡(しゅんじゅん)は完全に見透かされていたようだ。こちらが一通り話し終えたところで、署長は笑みを浮かべて言い放った。
 「新聞に書かれたぐらいで潰れるような捜査はしてへんわ!」
 昔話を持ち出したのは、最近、国民民主党を担当する記者から党幹部が次のように漏らしていると聞いたからである。
 「産経新聞はどうして立憲民主党よりもウチをたたくの? もうちょっと応援してよ」
 報道に対する論評や批判は大歓迎だ。記者会見などでは口にしにくいホンネを語ってくれるのはありがたいことだとも思う。
 しかし、「応援」という言葉が少々引っかかった。そういえば、別の党関係者もこう語っていた。
 「わが党には『真ん中』か『右』しかいない。産経新聞と一番近いと思っている。なのに、なぜ(肯定的に)書いてくれないのか」
 これらの発言から察するに、国民民主党関係者は2つの誤解を抱いているようだ。1点目は「産経新聞は『右』を持ち上げて『左』をたたく」という思い込み、2点目は「メディアが応援しなければ党勢が低迷する(応援すれば上向く)」という考え方である。
 まず、前者については完全な偏見だと断言できる。筆者に関して言えば、共産党を評価する記事【民進党は共産党の爪の垢を煎じて飲め】も、自民党を批判する記事【臆面もなく共産党と手を組む自民党のあきれた二枚舌】も書いたことがある。
 仮に立憲民主党よりも国民民主党がたたかれているのだとすれば、単に「ツッコミどころ」が満載だからではないか。
 例えば、働き方改革関連法案が採決された5月25日の衆院厚生労働委員会である。国民民主党の議員たちは、採決に反対して委員長席に詰め寄る野党の「常套(じょうとう)手段」から距離を置くという狙いで、委員長席周辺の立憲民主党議員らを遠巻きに眺めながら抗議の声を上げた。
 筆者は採決の様子を「『抵抗野党』の輪にも、日本維新の会などの『是々非々野党』の輪にも入れず、ゆらゆらと漂う現状を象徴していた」と記事で表現した。「右」や「左」という問題に関係なく、腰の定まらない党の姿を象徴する場面だととらえたからだ。
 2点目の誤解は、より深刻である。「メディアに応援してほしい」「肯定的に書いてほしい」という要求は、はっきり言えば「甘え」に過ぎない。
 振り返れば、国民民主党の前身の旧民主党・旧民進党には、メディアがこう報じるから事がうまく運ばない、という論法を用いる政治家が多かった。議員数が格段に減った今も甘えの体質があるようでは展望は開けまい。
 国民民主党は8月22日告示-9月4日投開票の日程で結党後初めての代表選を実施する。玉木雄一郎共同代表(49)と津村啓介元内閣府政務官(46)が出馬の準備を進めており、選挙戦になる見通しだ。
 「新聞に悪く書かれたぐらいで潰れるような党運営はしない」
 代表選の論戦では、これくらい威勢のいい発言を候補者から聞いてみたい。(政治部 松本学)