【オウム死刑執行】元主任検事が語るオウム事件 “抜かずの宝刀”破防法適用見送りに公安関係者「悔しい」 - 産経ニュース

【オウム死刑執行】元主任検事が語るオウム事件 “抜かずの宝刀”破防法適用見送りに公安関係者「悔しい」

オウム真理教の後継団体「ひかりの輪」本部の立ち入り検査を終え、施設を出る公安調査庁の調査官ら(奥側)=7月6日、東京都世田谷区(佐藤徳昭撮影)
オウム真理教の後継団体「アレフ」の関連施設に立ち入り検査に入る公安調査庁の職員ら=7月26日、東京都足立区(納冨康撮影)
日比谷線築地駅前の路上で手当てを受ける地下鉄サリン事件の被害者たち=平成7年3月
地下鉄日比谷線の八丁堀駅ホームに倒れこむ地下鉄サリン事件の被害者たち=平成7年3月、東京都中央区(奥清博撮影)
死刑を執行された麻原彰晃元死刑囚=平成7年9月
 オウム真理教の元幹部ら残る死刑囚6人の刑が7月26日、執行された。平成を揺るがした事件は区切りを迎え、当時捜査の指揮を取った元主任検事は「事件の総括は難しいが、やるべきことはやった」と振り返る。ただ、元教祖、麻原彰晃(しょうこう)元死刑囚=執行時(63)、本名・松本智津夫(ちづお)=に帰依する信者は今も少なくなく、元教祖の遺骨が象徴化されかねない騒動も起こるなど、後継団体への監視の目は緩められそうもない。公安関係者は「破防法(破壊活動防止法)が適用されていれば解散できたのだが」と唇をかむ。国家転覆を図った武装集団になぜ事件当時、破防法が適用できなかったのか。(社会部 大竹直樹)
オウムの犯行と直感
 「オウムがサリンをまいた。ほかにない」。平成7年3月20日朝、東京地検刑事部本部係の主任検事だった伊藤鉄男元最高検次長検事(70)は執務室でテレビニュースの中継画面を見て直感した。地下鉄駅から次々と運び出される負傷者の姿が映っていた。
 東京の地下鉄3路線5車両でポリ袋に詰めたサリンがまかれ、死者13人、負傷者6千人以上を出した平成最大の事件。捜査当局は当初、教団の本拠である山梨県上九一色村(かみくいしきむら)(当時)の施設への強制捜査を3月中旬に行う予定だったが、延期を余儀なくされた。
 「本山(ほんざん)(上九一色村の施設)に行けば彼らは何をするか分からない。捜査員にサリンをまいてくるかもしれず、装備と準備のため延期せざるを得なかった」
 教団はこうした捜査の動きを察知し、地下鉄サリン事件を実行したとされる。防衛庁(当時)から防毒マスクや防護服4200着を借り受けた警視庁などが強制捜査に踏み切るのは、事件から2日後だった。
信仰心の悪用許せぬ
 直後に伊藤氏から主任検事を引き継いだ元検察幹部(66)は、黙秘を続ける信者から供述を引き出すため、捜査員には教義を頭に入れるよう指示した。
 「最初から教義を否定すれば反発されるだけだ」
 地方や他部からの応援を集め、オウム捜査に従事した検事、副検事、事務官は総勢200人超。捜査は難航を極め、サリン事件の実行犯はなかなか特定できなかった。警視庁の幹部が連夜訪れ、「国民が休日を安心して過ごせない。サリン製造の殺人予備罪で立件したい」と要望してきたが、検察側はこれを受け入れなかった。予備罪で有罪が確定すれば、同じ事件で再び裁判にかけられることはない「一事不再理の原則」により、殺人罪で立件することができなくなるためだ。
 大きな転機が訪れるのは、サリン散布実行犯の林郁夫受刑者=無期懲役=の自供だった。林受刑者の供述によって実行犯が明らかになり、事件の全体像が見えた。「彼は自らを反省し、公判を含めて捜査に協力した。検察が選択した無期という求刑は苦渋の決断だが、間違っていなかったと思う」
 一流大学を卒業したエリートたちがなぜオウムの教義にひかれたのか。元検察幹部は「若者たちが宗教に救いを求めるのは否定されるものではない。だが、純粋な信仰心を悪用することは到底許されるものではない」と振り返った。
なぜ、抜かずの宝刀に
 「あのときオウム(真理教)に破防法をかけられなかった(適用できなかった)ことで、公安調査庁は結局、何もできないところだと思われてしまったのが悔しい」。公安調査庁の幹部が語気を強める。
 地下鉄サリン事件発生当時の首相は社会党出身の村山富市氏だった。破防法適用に極めて慎重だったが、宮沢弘法相(当時)らの説得を受け、政府は事件から9カ月後の7年12月、破防法に基づく「解散指定」請求を決断したが、公安審査委員会は適用を見送った。「人的にも資金的にも将来、破壊活動を行う能力を有しているとは認めがたい」というのが理由だった。
 法律の要件の厳しさもある。だが、村山氏の消極姿勢も影響したとの見方もあった。公安調査庁の幹部は「国民からは『抜かずの宝刀』とたたかれ、傷ついた。われわれの士気は下がった」と語る。
 請求棄却後、破防法の適用条件を緩和する議論もあったが、「市民、労働団体も対象になりかねない」と一部マスコミや法学者らが反発。当時、「もともと政治団体を対象とした法律」「棄却の判断は妥当だ」と評価した新聞もあった。
「犯人捜し」のリスク
 破防法の適用は見送られたが、事実上、オウム真理教の監視を目的にした「団体規制法」が平成11年に成立した。ただ、公安調査庁に立ち入り検査などの権限はあるものの、解散を命じることはできない。
 一方で、後継団体の「アレフ」「ひかりの輪」と、アレフから分裂した新団体では、オウムへの抵抗感が少ない若い世代の信者も増えている。こうした情報の収集に欠かせないのが「情報協力者」の存在だ。
 公安調査庁の幹部は「団体規制法では観察処分の更新のたび、生々しい証拠を提出する。だが、後継団体の組織内ではそのたびに『犯人捜し』が行われる。そのリスクが大きい」と指摘する。
 東京地裁は昨年、ひかりの輪の主張を認める形で団体規制法に基づく観察処分を取り消した。国側が控訴し、今年1月には公安審査委員会が観察処分の更新を認めたが、「破防法を適用できなかったことで、さまざまな支障が出ている」(公安調査庁幹部)。
 公安調査庁によると、後継団体の「アレフ」「ひかりの輪」と、アレフから分裂した新団体は15都道府県に約30カ所の施設を展開。信者は計約1650人、計約10億9千万円の現金資産を持っているとされ、過去に麻原元死刑囚の“奪還テロ”を企てた事件もあったロシアでは、今も数千人の信者がいるともいわれる。
元教祖の遺骨めぐり対立
 死刑囚13人の刑が執行されて区切りを迎えたオウム事件だが、麻原元死刑囚の遺骨引き取りをめぐり、四女(29)側と、妻、三女(35)側が対立する事態に発展している。今後も遺骨や遺品が後継団体の正当性を示す象徴になる可能性がある。
 関係者によると、麻原元死刑囚は執行直前、自身の遺体の引き取り先に四女を指定した。これに対し、三女は自身のブログで「作られた話ではないか」と疑問視。妻と三女らは「遺体は祭祀(さいし)の対象」として引き渡しを求めた。
 公安当局は、妻、三女らが後継団体「アレフ」と関係している可能性があるとみる一方、四女は教団との関係を絶ったとみている。
「陰謀説」を否定
 麻原元死刑囚の“遺言”に対しては、神格化を懸念する「当局の陰謀」を疑う声も一部にあったという。
 だが、ある政府関係者は「陰謀説」を明確に否定。実際、法務省は遠藤誠一元死刑囚=同(58)=の遺体をアレフに引き渡している。政府関係者は「正直、驚いた。まさか四女を指定するとは思っていなかった」と打ち明ける。
 沈黙を貫いてきた麻原元死刑囚がなぜ四女を指名したのか。アレフでは、成人した次男を正式に教祖に迎えようとする動きがあったが、三女が反対。三女に同調した幹部が除名されるなど教団運営に混乱が生じたといい、専門家は「自分の遺骨を利用されることを嫌がった」(元警視庁公安部の江藤史朗氏)とみる。
 遺骨受け入れを表明している四女側は遺骨の神格化を懸念し太平洋に散骨する方針だが、法務省は訴訟に発展する可能性もあるため「当面は東京拘置所で預かる」(幹部)としている。 現時点で信者らに危険な兆候はみられないが、とても監視の目を緩められる状況ではないのは確かだ。