一帯一路を旅するようにアジア~欧州へと伝播する中国への警戒&軽蔑

野口裕之の軍事情勢

 ストレスがたまったときは、中国外務省報道官のコメントにじっと耳を傾けるようにしている。すると、あら不思議。怒りが次第次第に収まり、日曜日の夕方5時半の気分へと変化していく。「笑点の大喜利」と同じくらい笑わせてくれるのだ。米国が追加関税を課す22兆円相当の中国製品リストを公表後の11日、中国外務省の女性報道官は定例記者会見でニコリともせず、言い切った。

 「典型的な貿易覇権主義だ。中国は正当で合法的な権益を断固守る。一国主義と多国間主義、保護主義と自由貿易、強権とルールの戦いだ。中国は国際社会とともに歴史の正しい側に立ち、多角的貿易体制とルールを守る」

 「国際社会はともに努力し、一国主義を断固阻止。保護主義に反対し、多角的貿易体制と自由貿易ルールを守るべき。責任ある国の義務だ」

 「各国経済が相互依存し、盛衰をともにしている。時代遅れの『ゼロサムゲーム思考』を固守し、貿易戦争を仕掛けるのなら勝者はいない」

 ここまでしれっと言われると、腹が立つどころか、ヘソが茶を沸かす。報道官の対米批判が全て的外れとは言わないが、中国に批判する資格はゼロ。中国はあるときは経済大国として反り返り、あるときは途上国に成りすまして貿易・投資・金融上の恩恵を強引に引き寄せてきた。

 中国・習近平政権が進める現代版シルクロード=広域経済圏構想《一帯一路》は途上国や債務国のインフラ整備を高利で引き受け、返済不能に陥ると「待ってました」とばかりに国土の一部=特区や港湾を巻き上げる。産業戦略《中国製造2025》計画も、他国の技術を強制的に移転し、知的財産権も飲茶を楽しむがごとく侵害する。 

 4月の小欄は一帯一路を「悪徳サラ金戦略」と表現したが、中国の貿易・投資・金融戦略は自己利益しか眼中にない『ゼロサムゲーム思考』そのものだ。

借金のカタに港湾を巻き上げる「悪徳サラ金」

 例えば、世界規模の金融危機《リーマン・ショック=2008年9月》を各国に先駆けて脱したカラクリ。

 当時の胡錦濤政権は08年11月、総額67兆円もの緊急経済対策を打ち出す。財政出動の柱は高速鉄道の建設加速であった。効果は絶大で、国内総生産(GDP)は底上げされ、V字型回復を達成した。ところが、幹線以外、高速鉄道は赤字路線だらけ。精緻な融資審査などハナから頭にない商業銀行は、大量の不良債権を抱えた。

 でも、中国はやっぱり中国だった。胡政権の後継・習政権は不良債権を、標的にした国々に肩代わりさせるハラだ。具体的には、一帯一路を利用して高速鉄道システムを輸出し、輸出収益で不良債権を減らしていく。

 一見、まともな金融・貿易活動にも見える。しかし、実体は「悪徳サラ金」。すなわち、途上国や債務国に、返済しきれぬ巨額の資金提供と身の丈を超える巨大インフラ計画をセットで持ち掛ける。返済が滞ると特区や港湾をかすめ取る。労働者も中国人が圧倒的多数で、被投資国の雇用に資する案件はわずか。被投資国で中国への反発が高まるや、要人に賄賂を贈り、華僑系の経済人や政治家、果ては留学生まで動員して反中のうねりを封じる。

 麻生太郎副総理兼財務相が昨年11月の参院予算委員会で「(悪徳)サラ金にやられたようなもの」と答弁したほど手口は荒っぽい。現代版シルクロード=一帯一路の美しい響きに吸い寄せられた国々は、次のごとき末路を迎えた。

 スリランカが中国資本を借りて建設した港は経営に行き詰まり中国は昨年、借入金とバーターで99年間の運営権を取得。港は、今後1世紀の長きにわたり「中国の飛び地」と化す。英国は香港を99年租借した後、条約通りに返還したが、中国が契約を守るかどうかは「?」だ。

 インド洋の島国モルディブも1600~2200億円もの大金を借りたが返済が滞り、19年中に中国への領土割譲が待ち受ける。モルディブを構成する島々の多くが地球温暖化→海面上昇で海面下に沈む危機にひんしている苦境も、中国の食指を動かすに十分な条件だった。南シナ海の岩礁を違法に埋め立て人工海上軍事基地を造成し続ける「経験と実績」を、モルディブでも役立てるはず。

 一帯一路とは現代版「植民地主義」に他ならない。従って、ネパールに加え親中のミャンマーやパキスタンなどでも中国主導のインフラ建設計画の延期や中止が相次いでいる。その総額は8兆円に達する。支援の見返りを要求する中国に、不信を募らせた結果だ。

 華人系が25%を占めるマレーシアも然り。中国主導で着工済みだった長距離鉄道事業の中止を5日に発表した。総経費が2兆2100億円を超える見込みとなり、巨額借り入れで財政悪化する事態を避けるべく計画を見直す。

 中止したのは総延長690キロの東海岸鉄道で、首都クアラルンプール郊外~マレー半島を横断しタイ国境とを結ぶ。中国輸出入銀行などが資金調達し、中国交通建設が昨年8月に着工していた。さらに、東部のボルネオ島とマレー半島で、中国企業が着手するガスのパイプライン建設も中止した。

属国化を債務国に強い→経済・政治・軍事を支配

 ここで麻生氏の発言を解説しよう。麻生氏は、一帯一路の資金源で中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の運営や融資審査について「カネを借りた方も、ちゃんと計画を立てて返済しないと、サラ金に『取り囲まれちゃう』みたいな話になった場合、元も子もない」と述べた。「『カネを貸した経験のない人が急に貸す』という話。お手並み拝見だ」とも語った。

 AIIBは途上国などに融資する国際金融機関。融資を受け途上国はインフラを整備するが当然、返済が必要になる。通常は返済能力を審査するが、AIIBは国際金融機関経験が無きに等しい。麻生氏は「カネを貸した経験のない人が急に貸す」と指摘したが、いい加減な事前審査に向けたツッコミだった。

 いい加減な事前審査にもかかわらず、「中国系国際金融機関」は払えないとみるや(見越していた?)中国を先頭に取り立てに走り、担保不動産も差し押さえる。これが西側国際金融機関であれば、途上国の潜在力や将来的発展を考慮し債務の減免を行うなど“執行猶予”を施す。麻生氏の「取り囲まれちゃう」は、「借金のカタ」として「領土割譲→属国化」を債務国に強い→経済・政治・軍事を支配する中国の“経済モラル”への不快感を示唆した発言だろう。

欧州の意思決定機関に手を突っ込んできた中国

 皮肉にも、一帯一路を旅するように対中国警戒はアジア~欧州へと伝播した。昨年5月の《一帯一路国際協力サミット・フォーラム》でドイツ/英国/フランスなどEU(欧州連合)一部加盟国が、一帯一路に沿った貿易協力文書署名を拒否した。英国のテリーザ・メイ首相は1月の訪中で、経済関係をアピールしたものの、一帯一路を支持する覚書の署名をしなかった。

 また、EU28カ国の駐中国大使の内27人が連名で、一帯一路を強烈に批判する異例な報告書を作成した。いわく-

 《自由貿易に打撃を与え、中国企業の利益を優先している》

 ドイツ大手経済紙ハンデルスブラット(4月17日付)が入手した報告書によれば、《2013年に明らかになった中国の計画書には『EUが図る貿易自由化に抵抗し、中国企業に有利になるよう誘導せよ』と明記されていた》。 

 同紙は《一帯一路は中国政治・経済の構想と目標の輸出が目的。中国はEUを分裂させ、利益を得ようとしている》と強く非難した。実際、報告書作成に参加しなかった唯一のEU加盟国は、中国投資に依存するハンガリーだった。ハンガリーは昨年3月、北京で拘束された人権派弁護士虐待に抗議するEUの書簡にも署名しなかった。

 EU加盟国の中でも近代以降、今に至るまで中国に兵器や兵器部品を供給し続けていたドイツの対中国警戒が際立つ。

 ジグマール・ガブリエル前外相は2月、ミュンヘンでの安全保障会議で「一帯一路は(シルクロードを旅した)マルコ・ポーロの感傷的回想ではない。中国の国益に貢献する包括的開発を手助けするだけのもの。一帯一路で、自由・民主主義や人権に基づかぬ欧米の価値観に対抗する世界秩序を創ろうとしている。西側主要経済国への挑戦だ」と痛烈にこき下ろした。

 特筆すべきは、ドイツのシンクタンク・メルカトール中国問題研究所とグローバル・パブリック研究所の分析リポートの表現力だ。

 《欧州でロシアの影響はフェイク・ニュース止まりだが、中国は欧州政治の意思決定機関に直接手を突っ込んできた》

 トドメはドイツ貿易・投資振興機関の2月のリポート。

 《一帯一路は不透明な法的枠組みで、政治的不安定国に狙いを付けている。中国国営銀行が後押しするプロジェクトの8割で、中国企業が恩恵を受けた》

 米国も一帯一路国際協力サミット・フォーラムで、米国代表団を率いる国家安全保障会議アジア上級部長のマット・ポッティンガー氏が「一帯一路の受注業者の9割が中国企業」と証言。「中国は透明性の高い競争入札制度を構築し、外国や民間企業を参入させることが急務」だと注文した。

 この代表人事はイケてる。ポッティンガー氏はウォールストリート・ジャーナルの元敏腕中国特派員。特派員時代は、中国公安当局に拘束・暴行されながら「中国の闇」に迫った。記者を辞し米海軍に入り、アフガニスタンなどで従軍経験を持つ愛国者だが、中国には天敵だ。

 かくして、中華人民共和国の「中華」とは「世界の中心」ではなく「自己中心」を意味するのだと、正体にようやく気付いた国々が中国に抱き始めた警戒と軽蔑は高まっていく。