【iRONNA発】豪雨報道 テレビは「赤坂自民亭」より不謹慎? 藤本貴之氏 - 産経ニュース

【iRONNA発】豪雨報道 テレビは「赤坂自民亭」より不謹慎? 藤本貴之氏

冠水した岡山県倉敷市真備町で、ヘリコプターで救助される人=7日(本社ヘリから)
藤本貴之氏
 西日本を襲った豪雨災害は、平成史に残る記録的な被害をもたらした。これほどの大災害だったにもかかわらず、テレビの報道ぶりに違和感を覚えた人も少なからずいたのではないだろうか。「赤坂自民亭」もさることながら、テレビの豪雨報道もなんだかおかしい、そう思いませんか?(iRONNA)
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 西日本を襲った数十年に1度という豪雨とはいえ、首都圏にいるとその実感は薄い。被害を体感することのできない側の人間が、状況のリアルを知り、痛みを共有し、地域を超えて問題意識や危機感を持つためには、正しく客観的な報道から情報を得るしかない。
 それこそが「公共の電波」を使ったメディアであるテレビ本来の役割である。しかしながら、今日のテレビを見れば、ニュースを報道する多くの番組が「報道番組」ではなく「情報番組」、すなわちエンターテインメント化した「報道もどき」というのが現状だ。
 東日本大震災や熊本地震などの時でもそうだったが、テレビが「震災報道」と称して、単なる「スクープ」「衝撃映像」を求めているだけのような動きをしたり、何を勘違いしたのか、取材クルーが単なる迷惑になっているだけの場合も少なくない。
 公共の電波
 今回の豪雨災害でも、被災地以外の居住者に向けられたテレビで放送される情報の多くが、全国放送向けの薄い情報や、大衆的な興味を喚起できる、すなわち視聴率が取れるショッキングな情報ばかりだった。「公共の電波」と言いつつも、全く公共的には機能していなかったわけである。
 しかしながら、テレビは主要キー局だけではなく、それにネットワークを形成する多くの地方局を抱えている。当然、それら地方局や放送網を効果的に利用すれば、さまざまな情報の収集や発信が可能であろう。
 もちろん、被災地の地方局では、現地ならではの細かい情報を発信していたであろうが、それはあくまでもローカル局が現地に向けて制作したローカル番組でしかない。そのような番組が東京のキー局に届き、全国に発信されたような事例は多くないだろう。
 地方局がリアルな「情報センター」として機能していたとしても、その情報が他に届かなければ、われわれは被災地の現実を知りようもないし、支援もできない。全国ネットの情報バラエティーでコメントするタレントの喜怒哀楽を映し出すことが、公共の電波の役割ではあるまい。
 むろん、テレビに対して四六時中、細かい災害情報ばかりを放送せよ、と言っているわけではない。しかし、いわゆる「視聴率稼ぎ」の立ち位置からばかりではなく、公共の電波という意識と責任を強く持ち、テレビ局の放送網やリソース(資源)をもっと有効に利用すれば、中央と地方の報道格差だって埋めることができる。
 災害の「コンテンツ化」
 一方で、7月5日に自民党の国会議員が安倍晋三首相との宴会「赤坂自民亭」に出席し、同席していた兵庫県選出の西村康稔官房副長官がその写真をツイッターに投稿した、ということが「不謹慎だ」と非難が集まった。当時、同県内で10万人以上に避難勧告が出ていたことを考えれば、地元選出の政治家としては緊張感を持って対応してほしいと願うのは当然だ。タイミングや対応の悪さはあったとは思う。
 しかし、宴会やパーティーに出席したり、懇親会の類いに参加したりすることも政治家の仕事の一部という側面もある。むしろ、それを不謹慎だと糾弾するエネルギーがあるのであれば、情報バラエティーで「独占映像」などと称して衝撃映像を繰り返し、災害を「コンテンツ化」するテレビの方こそ、はるかに糾弾されるべきだろう。
 公共の電波であるテレビは、こういった大きな災害時にこそ、あらゆる私欲を捨て、情報センターとしての役割を果たすべきである。何のための「公共の電波」なのか、改めて考える必要があろう。
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 【プロフィル】藤本貴之
 ふじもと・たかゆき 東洋大総合情報学部教授、メディア学者。昭和51年生まれ。最先端のメディア研究の知見から、企業や自治体を対象とした情報発信戦略などの実践的プロジェクトを手掛ける。著書に『だからデザイナーは炎上する』(中公新書ラクレ)など。