【びっくりサイエンス】理科室の標本は語る 琵琶湖の魚は何を食べ、どう生きたのか - 産経ニュース

【びっくりサイエンス】理科室の標本は語る 琵琶湖の魚は何を食べ、どう生きたのか

琵琶湖に生息していたコイ科の「ハス」の標本(総合地球環境学研究所の奥田昇准教授提供)
 学校の理科室に並ぶホルマリン漬けの動物や魚の標本。若干の不気味さと神秘的な美しさが同居する姿に、恐る恐るのぞき見た思い出のある人も多いだろう。こうした標本を解析することで、その生物が何を食べていたか、どのような環境に生きていたかを探る研究が、琵琶湖を舞台に進められている。
琵琶湖特有の肉食魚、過去100年分の標本
 総合地球環境学研究所(京都市)の加藤義和研究員らの研究チームは、琵琶湖の代表的な肉食の魚である「ハス」の標本を調べ、餌や環境の変化を探ろうとしている。
 コイ科の淡水魚であるハスは、琵琶湖における食物連鎖で上位に位置する。餌となる下位の生物の種類や数の変化、環境の影響を受けるため、生態系全体の動きが反映されやすい。
 国内での生息域は琵琶湖と三方湖(福井県)に限られることもあって、琵琶湖周辺の学校や博物館などで古くから標本が保管されてきた歴史がある。1910年代から2010年代までおよそ1世紀にわたる標本が残されており、チームはこのうちの30匹を研究に活用した。
 分析の指標に使ったのは生物の体をつくるアミノ酸に含まれる窒素だ。窒素には自然界で最も多い窒素14と、中性子が1つ多い窒素15の2種類の安定同位体が存在する。窒素15の方が重いので、餌を食べて取り込んだ後、体に残りやすい。食物連鎖の上位にいる生き物ほど濃縮が進み、筋肉などに含まれるアミノ酸で窒素15の比率が高くなる。
 この比率の変化を調べると、餌の変化を探れる可能性がある。富栄養化などで餌の選択肢が増えて食べるものが変わったり、環境の悪化や外来種など他の生物との競争などで、それまでの餌が食べられなくなったりすると、比率が変わるからだ。
食物連鎖での位置付け判明、環境保全に活用へ
 食物連鎖における立ち位置は、同じ生物でも餌の種類が変わると上下する。つまり窒素の同位体比率を調べれば、植物から、それを食べる草食動物へ、さらに草食動物を食べる肉食動物へと上がっていく立ち位置のどこにいるのか、推定できる。
 ハスは繁殖期以外は湖の沖にいるが、6~8月の繁殖期には流れ込む川の河口付近で過ごす。沖では水中の植物プランクトンや藻を食べて育ったエビや小魚を捕食するが、河口では落ち葉など陸域を起源とするものを水生昆虫などが食べ、それをハスが食べることが起こり得る。
 このためチームは、餌の栄養源が陸域か水域か、その混合割合がどの程度かも調べた。水域の栄養源を明らかにするため分析したのは、水中の植物プランクトン由来のものしか食べないと考えられるハゼ科のイサザ。この魚も、ここ100年ほどの標本が周辺地域に保存されていた。
 こうした解析の結果、ハスの食物連鎖における立ち位置は1910年代から60年代までほぼ横ばいで、70年代から80年代にかけて若干上昇した。90年代以降は下降に転じ、近年は60年代と同じ水準で横ばいとなっていることが分かった。
 加藤氏は「解析で分かったハスの食性変化が琵琶湖の環境変化とどう関係しているのか、今後検証を進めたい」と話している。
 ハスやイサザに限らず、生物の歴史標本から過去の食物連鎖の構造を復元する手法の開発が進めば、乱獲や外来種の侵入、周辺の開発による汚染などが、生態系にどのような影響を与えてきたかを理解する手掛かりが得られる可能性がある。生態系の管理や環境保全などへの活用が期待される。(科学部 松田麻希)