日本医師会の役員選で「推薦なし」副会長当選の“波乱” 「ポスト横倉」社会保障改革に影響も

経済インサイド
日本医師会の役員選を終え、松原謙二氏(左端)ら副会長3人と握手する横倉義武会長(右から2人目)=6月23日、東京・本駒込の日本医師会館(桑原雄尚撮影)

 「1位当選者・今村聡君(66)=東京都医師会=270票▽2位当選者・中川俊男君(67)=北海道医師会=264票▽3位当選者・松原謙二君(61)=大阪府医師会=214票▽松本純一君(66)=三重県医師会=は174票…」

 6月23日に東京・本駒込の日本医師会館で行われた日本医師会(日医)の役員選挙(任期2年)で、一番の注目は横倉義武会長(73)=福岡県医師会=が4選を決めた会長選ではなく、定数3に現職3人と新人1人の計4人が立候補した副会長選の行方だった。結果は横倉氏の推薦を得た新人で常任理事の松本氏が、推薦を得られなかった副会長の松原氏に敗退。開票結果が会場で読み上げられると、予想外の展開に記者席からはどよめきも起こった。

 日医の役員選は、全国の都道県医師会の代議員約370人が副会長や常任理事などポストごとに定数の人数まで候補者を選んで投票する仕組み。伝統的に会長候補が副会長以下の役員候補全員を推薦する「キャビネット制」が採用されており、通常は会長に当選した候補が示した推薦リスト通りに役員も選ばれる。今回も昨年10月から世界医師会長を務め、“一強”とも評される横倉氏が推薦した役員候補全員が当選するとみられていた。

 日医関係者によると、松原氏は今年2月の新専門医制度に関するシンポジウムで問題発言をしたことなどから横倉氏の不興を買い、副会長候補から外された。

 同シンポジウムで松原氏は1970年代に新設された医科大学を、戦時中の医師不足を補うためにつくられた臨時医学専門学校(医専)になぞらえて「質が低い」という趣旨の発言をしたため、各地の医師から反発する声が上がったという。

 松原氏はそれでも副会長選への立候補を強行し、代議員を多数抱える出身母体の大阪府医師会のほか、愛知県医師会などの支援も受けて再選を果たしたという。

 横倉氏の選挙対策本部長を務めた松田峻一良・福岡県医師会長(70)が、6月3日に東京都内で開かれた選対事務所開きで「もしキャビネット(候補者リスト)の1人でも欠けたら『横倉義武、陰りが見えた』と受け取られ、医療政策をやっていく上で非常に困難になってくる」と指摘していたが、その懸念が現実となった格好だ。

 横倉氏は役員選後の記者会見で「松原先生としこりはない。また新しいスタートを切る」と説明したものの、4期目の2年間は、日医内の横倉執行部への批判的な声に、より配慮せざるを得なくなることが予想される。

 横倉氏が今回4選を果たせたのは、診療報酬のプラス改定などを勝ち取りながら、一方で日医にとって不利な制度改革も必要ならば受け入れるといった絶妙のバランス感覚が日医内外で評価されている点が大きい。安倍晋三首相との関係も良好で、社会保障費の抑制を強硬に主張する財務省でさえ横倉氏に一目置いている。それは「頭がよくてカネも持っているタフネゴシエーター」(厚生労働省幹部OB)ぞろいの医師たちのとりまとめ役を横倉氏に期待しているからだ。

 その横倉氏も高齢で、2年後の次期会長選には出馬しないとみられており、神通力に陰りが出てきたと取られてもおかしくない。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者入りする平成34年以降、社会保障費は急増する見通しで、制度改革も待ったなしだが、横倉氏のパワーダウンで日医が単なる“抵抗勢力”に成り下がることになれば改革の遅れは必至となる。

 今後は「ポスト横倉」も焦点になってくる。横倉氏は自身の後継者について、役員選後の記者会見で、今回当選を果たした3人の副会長を候補として挙げたほか、「全国の都道府県医師会長の中にも日医をリードできる方たちがたくさんいる」と強調した。

 「ポスト横倉」の行方は日本の社会保障改革の行方も左右しそうだ。(経済本部 桑原雄尚)

 日本医師会 医師が個人の資格で加入する民間の学術専門団体で、会員は約17万人。大正5年に北里柴三郎らによって設立され、昭和22年には社団法人として、平成25年には公益社団法人として認められた。47都道府県医師会の会員から構成され、開業医約8万3500人、勤務医約8万6700人(平成29年12月1日現在)。