西野ジャパン 「恐れの心理」がほころびに変わった瞬間 杉山崇氏

iRONNA発
ベルギー戦の後半終了間際、決勝ゴールを決められたGK川島(右端)と倒れ込む昌子 =3日、ロストフナドヌー(共同)

 サッカー日本代表の戦いが終わった。屈指のタレントがそろう強豪国、ベルギーとの互角以上の戦いに世界が驚きをもって伝えた。とはいえ、またしても立ちふさがった8強の壁。世界との差はどれくらいあるのか。(iRONNA)

 試合の勝敗を分けたのは、サッカーの差ではなく、メンタリティーの差といえるかもしれません。そこで、本稿では日本中に感動を与えた戦いに感謝しつつ、心理面から足りなかったものを考えてみたいと思います。

 試合の印象や考え方としては、「日本の限界だった」と捉えることもできるかもしれません。しかし、筆者には勝ち越しから失点までの間に、自分たちのパスミスに対して苦笑いして、足が止まっている選手がいたことが気になりました。勝ち越したことで一瞬、「挑戦者のメンタリティー」を失ってしまったように見えたからです。

 挑戦者のメンタリティーとは、良い意味で相手を恐れて、自分の全力を出せるメンタリティーです。実は、恐れというものは高い集中力を生む感情なのです。

 ◆敵を知り、己を知る

 恐れは強すぎると人をうろたえさせるため、自らのパフォーマンスを下げてしまいます。しかし、恐れを適度に保てれば、自分にできることに集中して全力を出せる原動力になるのです。いわゆる「敵を知り、己を知れば」の心境です。敵の強さをよく知っているわけですから、苦笑いをする余裕も、足を止める時間もあるはずがありません。

 試合序盤、日本は挑戦者のメンタリティーがチーム全体を覆っていたように思えます。MF原口元気の先制点もそこから生まれたゴールに見えました。入った瞬間、原口の「信じられない」といった表情からも、無心で「自分にできること」に集中したシュートだったことがうかがえます。

 ただ、勝ち越し後の日本は前掛かりになってきたベルギーをいなす形になりました。日本のパス回しのうまさが分かってきたベルギーは無理に追い回さなくなり、一見歩いているようでも、ボール奪取のチャンスとみると一気にスピードアップする場面もありました。

 筆者はそのようなベルギーに勝者のメンタリティーを感じました。勝者としての誇りのために、自分にできることを全力で行う。メンタリティーとは、原動力が「恐れ」か「誇り」かで大きく変わります。相手を恐れての集中力ではなく、楽に流される自分を嫌がるメンタリティーです。ですから、相手がどうあれ常に全力を出す準備ができていますし、相手の状況にかかわらず集中力が途切れません。

 日本が最初に失点した場面を振り返ると、日本の選手はほぼ自陣に戻ってはいましたが、ニアサイドとパスの受け手になりそうな選手のマークに集中しすぎていました。ファーサイドのケアは、冷静に考えれば誰かがすべきだったのですが、失点に対する恐れの強度が強すぎたのかもしれません。

 挑戦者のメンタリティーは一度ほころび始めると、なかなか戻ってきません。なぜなら、恐れは心身を疲れさせるからです。ベルギー戦の日本に限れば、最後まで挑戦者のメンタリティーを途切らせるべきではなかったといえるでしょう。ただ、理想を言えば、勝ち越し後の日本は勝者のメンタリティーに切り替えて戦ってほしいところでした。

 ◆W杯の壁

 常勝を義務付けられた欧州の名門クラブチームには、チーム文化としてこのメンタリティーが受け継がれているといわれています。ベルギーの選手はほとんどがそのような名門チームの所属または出身です。

 一方で、日本はこうしたビッグクラブで活躍する選手が少数派です。アジアでは強豪の日本ですが、W杯では挑戦者にならざるを得ません。しかし、W杯は挑戦者のメンタリティーだけでは勝ち進めないのかもしれません。

 とはいえ、ベスト8まで残り30分まで迫ったことは一つの成果です。私たちに諦めずに全力を尽くすことを教えてくれました。私たちは日々の暮らしの中で、西野ジャパンを見習うことができるでしょうか。

                   ◇

 iRONNAは、産経新聞と複数の出版社が提携し、雑誌記事や評論家らの論考、著名ブロガーの記事などを集めた本格派オピニオンサイトです。各媒体の名物編集長らが参加し、タブーを恐れない鋭い視点の特集テーマを日替わりで掲載。ぜひ、「いろんな」で検索してください。

                   ◇

【プロフィル】杉山崇

 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、臨床心理士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。近著は『心理学者・脳科学者が子育てでしていること、していないこと』(主婦の友社)。