狙われた建設業界の「一人親方」 チェック甘い労災保険制度につけ込む公金詐取の巧妙な手口

衝撃事件の核心

 他人になりすまして労働者災害補償保険(労災保険)に加入し、休業補償給付金をだまし取っていた男が警視庁に詐欺容疑で逮捕された。男は組織に所属せず、従業員を雇用することもない個人事業主として現場を渡り歩く「一人親方」の労災保険制度のチェックが甘いことにつけ込み、不当に保険金をせしめていたという。制度の穴を付く巧妙な公金詐取の手口とは?

狙われた「一人親方」の特殊事情

 5月31日、警視庁捜査2課は、平成26年9月上旬~27年1月下旬の間、労災保険から休業補償給付金をだまし取った詐欺容疑で、東京都江戸川区新堀のトラック運転手の男(56)を逮捕した。

 捜査関係者によると、男は他人になりすまして労災保険に加入。就業中の負傷で働けなくなった場合に休業補償給付が受けられる制度を悪用し、6回にわたって計約350万円をだまし取ったとされる。

 男が詐欺を働くうえでの舞台装置として悪用したのが、建設業界で「一人親方」と呼ばれて一般化している事業形態だった。

 関係者によると、建設業界では技能や経験の差によって、複数の労働者を従業員として雇う「親方」と、その親方に雇われながら技術の習得に努める労働者である「見習い」とに立場が大別される。

 一人親方は両者の中間の職位に位置づけられ、一定の技術と経験を身につけて独り立ちしながらも、親方として見習いの労働者を雇い入れることもない立場。

 個人事業主として独立してはいるが、労働災害に遭う危険性は一般の労働者と変わらないという微妙な立場でもあるため、「仕事中のけがや病気で働けなくなった労働者のために休業補償を支給する労災に、特別に加入できる制度が設けられている」(建設業界関係者)とされる。

 一人親方は保険組合などを通じて個人で労災申請するため、不正に対するチェックが及びにくい。男は一人親方が抱えるそうした“特殊事情”に目をつけた。

ノウハウ伝授? “協力者”の存在

 捜査関係者によると、平成26年4月上旬、当時無職だった男は他人になりすましたうえで一人親方として「東京土建一般労働組合」に加盟。同組合を通じて労災保険に加入した。

 そして、東京都内の病院を訪れて診察した医師にこう訴えたという。

 「足場から落ちて全身を打ち付けた」

 さらにありもしない事故の状況について、「クレーン車での作業中、ぬれた足場から足を踏み外して3・5メートルの高さから転落した」などと説明。医師をだますことに成功し、「けがのために働けなくなった」とする労災認定に必要な診断書を手に入れた。

 その後、男は組合を通じて、渋谷区の労働基準監督署に休業補償給付のために必要な請求書などを提出。5カ月間にわたって休業補償給付の不正受給を続けた。

 東京労働局から不審なケースとして調査を依頼された労基署が調べ、男の不正が発覚。労基署の告発を受けた警視庁捜査2課の捜査によって犯行の全容が判明し、不正のノウハウが共有されている可能性が浮上した。

 男の逮捕からさかのぼること3週間前の5月10日、同様の手口で休業補償給付約330万円をだまし取った詐欺容疑で、捜査2課に逮捕された会社員の男(41)が知り合いで、「会社員の男がノウハウを伝授していた疑いがある」(捜査関係者)という。

 ある警察幹部は「一人親方として労災に加入する際の本人確認が不十分。負傷につながる事故があったかどうかの検証が行われた形跡がない」と指摘し、「チェック機能の甘さが不正の温床になりかねない」と警鐘を鳴らしている。