産経取材班はこうして金正恩氏の“素顔”をカメラに収めた! 会談前夜、たった2時間のチャンス

米朝首脳会談
マリーナベイサンズの展望台「スカイパーク」を訪れる金正恩朝鮮労働党委員長=11日午後9時49分、シンガポール(鳥越瑞絵撮影)

 史上初の米朝首脳会談が12日、シンガポールで開催された。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の外遊は中国以外では今回が初めてで、生の姿を捉えられる可能性がある、貴重な取材機会だった。シンガポール当局の厳重な警備が予想される中、産経新聞取材班のカメラ記者たちは、秘密のベールに包まれた最高指導者の素顔に迫ろうと現地で正恩氏を追いかけ、独自映像の撮影に成功した。(シンガポール 吉村英輝)

独自映像を撮れ

 両首脳が12日に握手を交した映像など、会談の模様は世界中に配信された。だが、これらは、両国やシンガポール当局が、自分たちの「意図」に基づいて日時や場所を指定し、事前に招集したニュース配信会社のカメラ記者らに、代表撮影させたものだ。

 現地取材班は、撮影では正恩氏に関する独自映像に注力する方針を確認した。ただ、保安上の理由もあり予定はなかなかつかめない。東京写真報道局の松本健吾記者と、大阪写真報道局の鳥越瑞絵記者は、限られた情報を基に立ち回り先を予想し、レンズなど機材を選定して飛び回る、地道な取材活動を強いられた。

 正恩氏がシンガポール入りした10日は、飛行機情報やシンガポール首相との面会予定などを基に撮影機会をうかがった。だが、撮れたのは車列などだけ。正恩氏の撮影は、警備当局の固いガードに阻まれた。12日の会談当日は、代表撮影以外で正恩氏を捉えることは難しいと予想された。

 勝負は会談前日の11日にかかっていた。予定が丸1日「空白」で、外出の可能性がある。至近のホテルに滞在するトランプ氏と接触する事態すら想定された。

諦めムードの中…

 11日午後2時過ぎ、正恩氏が滞在するセントレジスホテル前で張り込んでいた鳥越記者から、「北朝鮮の黒服組が乗った大型バスや、関係車両と思われる白いミニバンが出発した」と連絡が入った。ほぼ同時に韓国の聯合ニュースは、正恩氏が経済関連施設の視察に出かけると報じた。「これだ!」。松本記者に加え、東京編集局外信部の時吉達也記者も同ホテルに向かい、追跡体制を整えた。

 だが、正恩氏の専用車は動かず、北朝鮮の一行もホテルに戻ってきてしまった。夜には取材班に「今日は正恩氏は出かけないだろう」との諦めが生まれた。締め切り時間が早い東京朝刊早版には、「(正恩氏は11日)姿を見せず沈黙を守った」との記事が載った。

 午後8時過ぎ、取材班は一端、プレスセンターに集結した。松本記者のポロシャツは白い汗染みを浮かべ、赤道直下30度超の厳しい取材環境を物語った。皆で遅い夕食をとろうと近くの店に予約を入れた直後、「セントレジスのロビーの警備が再び厳しくなった」との情報が飛び込んできた。半信半疑だった。でも、泣いても笑っても、翌日には正恩氏は帰国してしまう。“ダメ元”でもトライしよう。両カメラ記者と時吉記者が、セントレジスに再び向かった。

 とはいえ、正恩氏が出かけるにしても、どこに向かうのか。そんな焦りが募った同8時半前、地元メディアが、正恩氏が「小規模の市内観光を今夜、行うだろう」との一報を流した。予想される行き先として、船のような形をした屋上施設、マリーナベイ・サンズの「スカイ・パーク」と、マーライオン公園近くの「ジュビリー橋」の名前を具体的に挙げていた。

 スカイ・パークに行くなら、必ず専用車を降り、エレベーターまでの数メートルを歩くはず。サンズには鳥越、時吉両記者が、橋には松本記者が、それぞれ行き先を変更して向かった。午後9時前に着いたサンズは報道陣はまだ少なかったが、厳重な警備が始まっており、正恩氏の来訪を確信した。

絶好のポジション

 午後9時過ぎ、正恩氏がセントレジスを出たとの一報。車列はまず観光名所の公園に入り、地元テレビが一行の様子をライブで伝えた。午後10時前、サンズに現れた正恩氏は、報道陣や観光客に笑顔で手をふった。到着が早く、エレベーター正面の絶好の場所に脚立を広げ待ち構えていた鳥越記者は、正恩氏の顔に汗がにじんでいるのが見えるほど鮮明な表情を至近で捉え、日本に送信。12日付の東京朝刊最終版の国際面に大きく掲載された。

 一方、ロビーを挟み鳥越記者の反対側で待ち受けていた時吉記者は、スマートフォンの動画で、北朝鮮のカメラマンが観光客らに、より多くの拍手と歓声をあおる姿を記録した。この様子は産経ニュースのサイトで12日午前1時過ぎ、「正恩氏、ギリギリまでサプライズ 前夜に突然外出、観光客あおる演出も」と動画を交え配信された。代表撮影などでは映らない、北朝鮮の“素顔”だった。

 午後10時20分ごろ、正恩氏はジュビリー橋で専用車を降りた。マーライオンとは反対方向を向き、同行していたシンガポールのバラクリシュナン外相の「自撮り」に笑顔で応じた。松本記者の望遠レンズは、闇夜に白く浮かび上がる正恩氏の大胆不敵な姿と、北朝鮮警護員らの緊張した様子をとらえた。時差で日本は1時間早く、締め切りも迫っていたが、12日付東京朝刊最終版の1面に堂々と掲載できた。

 シンガポールでの2泊3日の滞在中、正恩氏が市民や報道陣の前に姿を現したのは、11日夜のこの2時間余りだけだった。