「万引き家族」と「万引」表記 「き」のあるなしが気になります

赤字のお仕事

 フランス南部カンヌで開催されていたカンヌ国際映画祭は5月19日夜(日本時間20日未明)、最高賞である「パルムドール」に是枝裕和監督の「万引き家族」を選び閉幕しました。

 過去、日本映画でパルムドールを受賞したのは、「地獄門」(1954年、衣笠貞之助監督)、「影武者」(80年、黒澤明監督)、「楢山節考」(83年、今村昌平監督)、「うなぎ」(97年、今村昌平監督)があり、今回の受賞は21年ぶりで5作品目(監督は4人目)となりました。6月8日に全国で公開されたので、既に見られた方も多いことでしょう。

 ただ、今回の「万引き家族」、受賞自体は大変喜ばしいことですが、産経の校閲部にしてみれば悩ましいことになったなと思いました。

 なぜかというと、産経ニュースなどでの初報ではあらすじを「家族ぐるみで万引きを繰り返すことで日々の生活を維持し、絆を強めていくゆがんだ一家の物語」としましたが、この中の「万引き」は「万引」にするのが産経の表記なのです。「万引き家族」は映画の題名なので「万引」にするわけにもいきません。それに合わせてということなのでしょうか、「万引き」という表記を使っていました。

 しかし、その後出稿されてきた原稿では「万引」という表記が多くを占め、それほど混乱しなかったようで、表記で悩むかと思ったのも無用な心配だったようでした。

 では、ほかの社の表記はどうなっているのかと、手元にある各社の用字用語集を調べてみると、朝日、読売、毎日、日経、時事通信が「万引き」で、新聞協会の用語集も「万引き」の表記でした。産経と同じ「万引」の表記としていたのは共同通信だけでした。

 いつごろから産経は「万引」の表記とするようになったのか調べてみましたが、結果だけ言えば「よく分からない」というしかありません。

 部内にある過去の産経ハンドブックを調べたところ、昭和48年発行の「サンケイ用語集」から既に「万引」の表記になっていました。それより前のものでは34年発行の「送りがなのつけ方」(新聞用語懇談会編)では「万引き」とあるので、この期間で送り仮名の変更があったと思われます。共同通信も43年発行の「新・記者ハンドブック」では「万引き」でしたが、48年発行の「新・記者ハンドブック」(手元にあるのは55年発行の15刷)では「万引」の表記でした。

 この間には47年6月に国語審議会(当時)が「改定送り仮名の付け方」を答申し、48年6月に内閣告示された「(改定)送り仮名の付け方」というのがあります。ここで「万引」への表記変更があったと思いますが、新聞各社が変更していないので独自の判断で変えたというところでしょう。当時のことを知る人はもう部内にいないので、ここからは私の推測になります。

 この「送り仮名の付け方」の中で、通則7に「複合語のうち、次のような名詞は、慣用に従って、送り仮名を付けない」というくだりがあり、例(2)では「一般に、慣用が固定していると認められるもの」でいくつかの語を示してあります。

 しかしその中には「万引」がありません。そして注意(2)で「例として挙げたものだけで尽くしてはいない。したがって、慣用が固定していると認められる限り、類推して同類の語にも及ぼすものである」としてあります。

 この「類推して同類の語にも及ぼす」から、「サンケイ用語集」では例の中に慣用が固定している語として、新たに「万引」を入れたと思われます。それから45年以上もの間、産経は「万引」と表記しています。

 「万引」は刑法の罪名でいえば窃盗罪に当たり、決して軽い罪ではありません。似たような犯罪行為では、置いてある他人の荷物などを持ち去る「置引」というのもあります。こちらも「万引」と同様に、「置引」「置き引き」でマスコミ各社の表記が分かれています。

 「万引」と「置引」。いずれの表現も刑法上の用語ではないため、それぞれの社の判断で分かれてしまっているのです。

 「万引き家族」という題名を見るたびに、「き」の送り仮名にまず目が行くのは、校閲という職業柄なのでしょうか。(な)

 【赤字のお仕事】校閲部記者が、日ごろの編集業務で体験した興味深いエピソードや豆知識をつづったリレーエッセーです。