日露首脳会談は“ゼロ回答”? すれ違いにもがく安倍首相を取り巻く冷めた空気

外交安保取材
会談前に握手を交わすロシアのプーチン大統領(左)と安倍晋三首相=5月26日、モスクワのクレムリン(共同)

 こんなに成果が乏しい会談は珍しい-。5月下旬にモスクワで行われた日露首脳会談には、こんな厳しい評価が目立つ。北方四島での共同経済活動は早期に取り組む5つの事業に関する調査団派遣の合意にとどまり、事業化の前提となる日露双方の法的枠組みを害さない新たな枠組みに関しては進展がなかった。焦点の平和条約締結交渉も前進への意欲が示されただけで具体的な言及はなかった。

 その予兆はあった。安倍晋三首相(63)が外遊する前は必ず「勉強会」と称する打ち合わせがあり、外務省の次官や審議官、局長らが首相官邸に出向く。5月24~27日の首相訪露では、外務省幹部はいつも以上に頻繁に官邸に出入りした。

 ただ、勉強会から戻った幹部の言葉は総じて少なめで、表情も硬かった。首相とプーチン大統領との会談は今回で21回目という「異例の多さ」(外交筋)もあり、領土問題の進展を期待する空気があった分、その落差は印象的だった。

 現地ではロシアのペースに振り回された。25日のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムでの首相の講演は約2時間遅れで始まった。26日のクレムリン(大統領府)での首脳会談は開始時間になると突然、クレムリン内のプレスルームに設置された大型テレビにプーチン氏が閣僚会議を開く様子が映し出された。

 首相はホテルで待機を余儀なくされ、会談開始は予定より約50分遅れた。会談後に予定していた共同記者会見は「ロシア側の強い要望」で一方的に、記者の質問を受けない「共同記者発表」に切り替えられた。

 記者発表でも、並んで座った両首脳の違いは鮮明だった。首相は時々、プーチン氏のほうを向き、笑みを浮かべて話す一方、プーチン氏は終始前を向いて堅い表情を崩さなかった。平和条約締結交渉に関し、首相は「着実に前進していく決意を2人で今日、新たにした」と述べたが、プーチン氏は「両国民に受け入れられる解決策を辛抱強く探すことが重要だ」と発言。温度差が浮き彫りになり、問題解決は前途多難であることをうかがわせた。

 記者発表の前には、8項目の日露経済協力プランに関する文書交換式が行われ、両国の閣僚や企業幹部が両首脳の前で次々と記念撮影に応じたが、参加したある日本企業の幹部はこうつぶやいた。「随分待たされて疲れた。こんなに時間にルーズなロシアとビジネスなんてできるのかな…」

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 ロシアの対応について、日露関係に詳しい関係者は「首相が9月の自民党総裁選に3選できるかを見極めている」と話す。

 森友学園や加計学園をめぐる一連の問題で政権批判が続く日本の政治状況を「プーチン氏もロシアの国会議員も、こっちが驚くほどよく知っている」という。別の外交筋は「プーチン氏と波長が合う間柄といわれる首相が3選できなかったら、これまでの日露の信頼関係は終わりだ。領土交渉は振り出しに戻る」と指摘する。

 首相が3選したとしても、任期は最長で3年間だ。プーチン氏の任期は6年間あり、領土問題解決に道筋をつけるために残された時間は3年間しかない。

 そんな中、国民の愛国心をあおり、長期政権への不満をそらそうとするプーチン氏が北方領土問題で譲歩したとみられれば「弱腰」に映り、政治リスクを抱えることになる。北朝鮮情勢では、朝鮮半島の非核化を「共通の目標」とするが、旧ソ連時代から北朝鮮とつながりが強いロシアと、米国と緊密に連携する日本との利害は異なる。日露首脳の個人的な友好関係だけで平和条約締結交渉を前進させるのは限界がある。

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 5月30日の党首討論で「最後の段階ではプーチン氏と最終的な判断をしなければならないと思っている」と決意を示した首相は、決して無為無策ではない。経済協力では、サンクトペテルブルクの国際経済フォーラムで詳細に踏み込んだ。

 ロシアが北極圏で昨年から液化天然ガス(LNG)生産を開始し、アジア向けLNG輸出に注力しているのを踏まえ「日本は世界最大のLNG輸入国だ。必ず日露のウインウインが成り立つ」と呼びかけた。

 また、「ロシア人のライフスタイルを変えるお手伝い」として、最新の内視鏡診断による医療費低減や、部品工場の生産性向上による労働環境の改善などで日本が協力し、「『信頼の経済』をつくる実践を日露はともにしている」と訴えた。プーチン氏や富裕層、北方領土周辺のロシア人だけでなく、ロシア国民に広く理解を得やすい経済協力で局面を打開する方針だ。

 気になるのは外務省内の冷ややかな空気だ。首相訪露に同行したロシア課長が「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない行為を行った」として6月4日付で停職9カ月の懲戒処分となった。後任人事が焦点だったとき、「今ロシア課に行ってもね…」と話す職員がいた。

 官邸関係者が外務省の日露交渉への対応に不満を持っているとの報道が出ると、外務省幹部は「僕たちは首相の意向を最大限実現するようにやる。でも、首相が変わったら日露の協議が止まるということのないようにやっていくのが外交官の仕事だ。官邸とは立場が違う」と語っていた。世界で最も強硬的な指導者であるプーチン氏を相手に厳しい交渉に臨む首相の足下はおぼつかないようだ。 (政治部 小川真由美)