「6・12米朝会談」の行方は? 2人の“スパイマスター”の腹の探り合い

久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ
 5月31日、米ニューヨークでの会談で握手するポンペオ米国務長官(右)と北朝鮮の金英哲朝鮮労働党副委員長(ロイター)

 米朝首脳会談の行方は予断を許さない。開催にこぎつけても会談中に決裂の可能性もある。2003年末のリビアの核開発計画放棄をめぐる最終協議では、終盤で米側が席を立ち、リビアが交渉に応じて合意に至った経緯もあった。1日にトランプ氏が米朝会談の再設定を発表した裏側では、それに先だって協議にあたった金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長とポンペオ米国務長官の駆け引きと腹の探り合いがあった。

ポンペオ氏と金英哲氏の共通点

 交渉担当の2人には共通項がある。軍出身で情報機関のトップだったことだ。

 金英哲氏は米韓の独自制裁対象の人物。軍歴は半世紀を超え、対南(韓国)担当歴も長く、要人暗殺、武装闘争を統括する軍偵察総局の初代総局長を務めた。北朝鮮の非対称戦の総責任者で政治工作、心理戦のプロである。

 一方のポンペオ氏は陸軍士官学校出身で米陸軍を経てハーバード大ロースクールで博士号を取り、法律家から政治家に転じて下院議院となった。トランプ政権で中央情報局(CIA)長官に就任、CIA初の北朝鮮専門部署「コリア・ミッションセンター」を新設した対北強硬論者だ。

 協議の核心は米側が北朝鮮のCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄)の意志を確認すること、北側が米の「体制保証」の確証を取り付けることだが、通常の事前協議とは異なり、最終決定はトランプ氏と金正恩(ジョンウン)党委員長の判断。現在は双方が「どこまで取れるか」を探っている。

 ポンペオ氏は過去2度の訪朝で「非核化の達成まで制裁は緩和しないことを明確に伝えた」と述べており、見返りの譲歩はないと強調してきた。

 北朝鮮関係者は「金正恩氏は米朝首脳会談開催で北朝鮮の体制保証を得ることが最優先、そのためには米の要求をいったん呑む」と述べる。これに対して米側の事情に詳しい研究者は「米国で北朝鮮が100%の核放棄をすると考えている専門家はほとんどゼロだ。今回は北朝鮮がどこまで譲歩するかを測る機会になる」と分析する。

「リビア・モデル」の工程表

 リビアが2003年、米国との核計画廃棄合意で実施した非核化の行程(リビア・モデル)は次のように進んだ。

 ①核弾頭、核物質、機材、関連資料などの国外搬出。これには期限がつくとみられる。リビア・モデルでは1カ月で搬出。搬出手段は米軍機、艦艇が使用され費用は米側が負担する。

 ②非核化の範囲は「すべての核物質」となる。平和利用の核物質が含まれる。また生物・化学兵器の廃棄も対象となる。

 ③核弾頭の運搬手段である長距離、中距離弾道ミサイルも廃棄の対象。リビア・ケースでは「スカッドC」だけだったが、北朝鮮の場合は大陸間弾道ミサイルから中距離ミサイルまで1000基以上になる。廃棄範囲については問題となりそうだ。

 ④核施設は当事国が申告する施設に加え、米側が「疑惑の施設」とするすべての施設についての査察を求める。

 ⑤リビア・モデルでは「テロの清算」も行った。1988年に起きたパンナム機爆破テロ(ロッカビー事件)について、リビアは責任を認め犠牲者に対して総額?億円の支払いを確約した。トランプ大統領は安倍晋三首相に米朝首脳会談で日本人拉致問題を取り上げることを明言している。

 ①~④がCVIDに相当するが、重要なのは核廃棄に伴う見返りの扱いだ。

 リビア・モデルでは見返りはすべての廃棄が終了したあとの2004年以降に行われた。

金正恩氏は「核廃棄」と一度も言っていない

 首脳会談でトランプ氏は、金正恩氏に「米国の要求する核廃棄(CVID)にYESかNOか」を問うだろう。

 ただ、金正恩氏は2度にわたる中朝首脳会談と2度にわたる南北首脳会談のいずれでも一貫して「朝鮮半島の非核化」という表現しか使っていない。「廃棄」は「豊渓里(プンゲリ)にある核実験場の廃棄」だけだ。北朝鮮メディアは核保有国としての立場から「核軍縮」という用語を使い続けており、「金正恩氏が核廃棄という戦略的決断をした兆候はまだ見えない」との見方が大勢だ。

 衛星写真などから北朝鮮を分析してきた米専門サイト「?ノース」は、北朝鮮国内の核関連施設を約150、核研究に携わる研究者を「9000人から15000人」と試算している。また北朝鮮は生物・化学兵器も多数保有していることが分かっているため、査察・検証作業の合意は困難が予想されている。(編集委員)