増加する音響“攻撃” 米大使館で被害、若者に撃退音も 人体への影響評価は不十分

びっくりサイエンス
LRADを使った米陸軍の訓練の様子。戦闘中に地元の民間人と通信することを想定している=2013年3月、米メリーランド州フォート・ミード(米陸軍提供、Marc Loi三等軍曹撮影)

 音を使って相手にダメージを与える非殺傷型の“攻撃”報告が各国で増えている。音波は目に見えないだけに、不意打ちへの防御は難しく、リアルタイムでは気づかないケースも多い。人体への悪影響に関する研究はまだ少なく、有効な対策のないまま被害がさらに増える恐れがある。2020年東京五輪・パラリンピックでテロ対策が急がれる中、日本も対岸の火事と静観してはいられない。

米国を襲う脳損傷、聴覚障害

 米国務省は今年5月、中国に駐在していた米国総領事館の職員が、異常な音を感じて体調不良を訴え、脳に損傷を受けたと発表した。中国は関与を否定しているという。米メディアによると、異常音は昨年後半から今年4月にかけて発生し、職員は軽度外傷性脳損傷と診断された。国務省は中国に滞在する米国民に注意を呼び掛けた。

 同じようなことがキューバでも起きた。16年秋以降、首都ハバナの米国大使館職員ら24人が、聴覚障害などの体調不良を訴える問題が発生している。キューバ政府提供の自宅で発症しており、両国関係は悪化。米政府は半数を超える大使館職員やその家族に退去を命じた。

 米政府は両ケースは症状が酷似しているとの見解を示した。「音響攻撃」としているが、誰が、どのように、何のために行ったのか、そもそも意図的なものなのか、いずれもはっきりしていない。

 音響による攻撃だとしても、それは最近始まったことではない。よく知られているのは「LRAD(エルラド)」(Long Range Acoustic Device)と呼ばれる装置によるものだ。このデバイスは超音波を利用し、遠方の限られた範囲にいる相手に可聴音として届ける。攻撃だけでなくコミュニケーション手段としても使用できるため、各国の軍隊・警察、消防などにも採用されている。

 米軍が使っていることはよく知られており、ほかにもソマリア沖を航行する民間客船の海賊対策などに活用された。デモの制圧にも使われたことがある。こうした場合、相手は頭が割れるような大音量を聞いて、戦意を喪失してしまう。

 日本はLRADを主として防災無線の用途で採用しているが、水産庁が制圧のために使用したこともある。09年、調査捕鯨船への妨害を行うシーシェパードのボートへLRADで応戦した。シーシェパードはLRADを民間人へ使うのは違法だとの声明を発表した。

若者を閉め出す高周波のモスキート音

 音響装置を使って相手にストレスを与えようとするのは、軍などの大きな組織に限ったことではない。個人でもいまや手軽にできるようになっている“攻撃”が、若者にしか聞こえない「モスキート(蚊)音」だ。

 そもそもは英実業家ステープルトン氏が05年に売り出したデバイス「モスキート」から始まった。コンビニエンスストア店頭にたむろする若者を追い払うとうたったこの装置は17キロヘルツ程度の高周波音を出す。

 高周波の音は高齢になるほど聞こえにくくなる。しかし、10代から20代前半までの若者には蚊の羽音並みに不快なキーンという音(モスキート音)として聞こえる。これを利用して、迷惑行為をする若者を撃退するわけだ。モスキートは、米欧を中心に少なくとも数千台を売り上げ、商店などが導入した。

 モスキート音は09年、東京都足立区の区立北鹿浜公園でも、若者のたむろを防ぐために試験的に流されている。

 怖いようだが、最近はわざわざ装置を買わなくても、スマートフォンアプリで同様のサービスが提供されている。ヒトには聞こえない超音波でネズミなど有害生物を撃退するアプリに「若者」の項目があり、画面タップするとモスキート音が鳴る。聴覚の“若さ”を試すためにモスキート音を流せるアプリや動画がある。大人が知らない不快音が世の中にはあふれているのかもしれない。

生理学的な影響、調査研究が必要

 これらの音波に強くさらされることの生理学的影響について、科学界で調査研究が行われているのか調べたが、攻撃の増加に比べて件数はまだ少ないように感じられる。

 LRADでは、音の進行方向かつ装置のそばにいた生物は強力な超音波を浴びる。超音波の影響研究は発展途上で、分かっていないことの方が多い。モスキート音の使用をめぐっても、倫理的・社会的な問題だけでなく、人体への生理学的影響を定量評価することが必要ではないか。

 音の感じ方は、個人によって異なるためこうした評価は簡単ではない。それでも、20年東京五輪・パラリンピック時までに米国の事案が解決され、今後、科学的研究が進展することが期待される。