【びっくりサイエンス】最大の肉食恐竜「スピノサウルス」 極上化石が日本上陸、生態の謎解明へ「とてつもなく重要」 - 産経ニュース

【びっくりサイエンス】最大の肉食恐竜「スピノサウルス」 極上化石が日本上陸、生態の謎解明へ「とてつもなく重要」

寄贈されたスピノサウルスの頭骨の化石=3月、東京都世田谷区の成城学園(草下健夫撮影)
スピノサウルスの化石について小学生に説明する寄贈者の十津守宏氏(右)=3月、東京都世田谷区の成城学園(草下健夫撮影)
復元されたスピノサウルスの全身骨格。2本足で立っている=2009年7月、千葉市美浜区の幕張メッセ(草下健夫撮影)
復元作業中のスピノサウルスの頭骨と、監修したマット・ラマンナ氏(左)=2009年6月、川崎市多摩区(草下健夫撮影)
スピノサウルスの骨格の復元作業=2009年6月、川崎市多摩区(草下健夫撮影)
 史上最大の肉食恐竜として知られる「スピノサウルス」の頭骨の化石が日本で所蔵されることになり、国内外の研究者が熱い視線を注いでいる。状態が極めて良い貴重な化石で、謎に包まれた生態を解明しようと学術的な分析が始まる。
 スピノサウルスは約1億年前の白亜紀に北アフリカに生息していた肉食恐竜。体長は約15メートルで、最強の肉食恐竜として有名な約13メートルのティラノサウルスより大きい。とげのような長い背骨を持つことから「とげトカゲ」を意味するこの名前がついた。
 ティラノサウルスが生息していたのは約7千万年前で場所も北米と異なるが、2001年の米国映画「ジュラシック・パークIII」では両者の死闘が描かれ、広く知られる存在になった。
 スピノサウルスの化石は1912年にサハラ砂漠で初めて発見された。主な化石はドイツで保管されていたが、第二次大戦の空襲で焼失。その後も発掘された化石は少なく「謎の恐竜」と呼ばれている。
 2013年の新たな化石発見が転機となって、生態などの推定が大きく変わった。ほかの恐竜とは違い水中でも生活し魚を食べていたとみられることや、肉食恐竜では異例の4本足で歩いていた可能性が示され、古生物学界に衝撃が走ったのだ。
 ただ、4本足での歩行説は、異なる個体の化石を組み合わせるなどした分析から得られたものといい、懐疑的な意見もある。
貴重な頭骨、極めて良好な保存状態
 人気が高い割に実態は不明な点が多いスピノサウルス。その頭骨の化石が今年3月、成城学園(東京)に寄贈された。モロッコで発見されたもので、学園の卒業生で宗教学者の十津守宏氏が購入し寄贈した。
 お披露目式では学園の小学生たちが興味津々の様子で化石に見入り、十津氏に時間が足りなくなるほど質問を浴びせていた。この恐竜の人気の高さがうかがえた。
 スピノサウルスの頭骨は、日本では企画展などで一時的に海外から持ち込まれた例はあるが、所蔵は初めてとみられる。頭骨は学術的に重要で、世界でも10~20個ほどしか見つかっていない貴重な存在だが、この化石はその中でも状態が非常に良好という。
 大きさは約1・3メートル。全体の7割近くが実物の化石で、復元した部分は3割ほどだけ。しかも実物の部分は複数の個体の寄せ集めではなく、いずれも同じ個体の化石のため極めて貴重とされる。
 国立科学博物館が学術的な分析を実施した後、群馬県立自然史博物館に長期にわたり貸し出される予定だ。国立科学博物館の真鍋真センター長は「骨の破損や変形が少なく、状態が良い。脳や三半規管の形を調べれば生態の理解につながる」と期待を寄せる。
元「天才少年」も驚き
 9年前にもスピノサウルスの取材をした。恐竜展の目玉となる全身骨格の復元作業を記事にしようと、川崎市内の工房を訪ねたのだった。応じてくれたのは、復元を監修した米カーネギー自然史博物館のマット・ラマンナ氏。子供のころ米国で「恐竜天才少年」と呼ばれた有名人だ。彼は今回の頭骨をどうみるだろうか。古い名刺を引っ張り出し、久々にメールを送ってみた。
 返事はすぐに来た。驚きと、並々ならぬ関心を示す内容だった。「これは本当に、本当に面白い。もし同一個体からなり、70%の部分が実物であることが真実なら、科学的にとてつもなく重要なものだ。世界で最も完成度が高い頭骨かもしれない」
 ラマンナ氏はさらに、スピノサウルスの理解がこの10年ほどで大きく変化したことに触れた上で「巨大で有名だが、謎めいたこの恐竜について、われわれはもっと学ぶことがある」と力説する。
 日本にやってきた極上化石。その研究を通じ、最大肉食恐竜のどんな姿が浮かび上がってくるのか楽しみだ。(科学部 草下健夫)