バラ色の理想と厳しい現実…「南北融和」で沸いた韓国が背負わされた重荷とは

ソウルから 倭人の眼
板門店宣言に署名し、笑顔で抱き合う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と韓国の文在寅大統領=4月27日、板門店の韓国側施設「平和の家」(韓国共同写真記者団・共同)

 4月末の南北首脳会談の“成功”により、平和なムードが漂っていた韓国。そんな韓国に北朝鮮は、南北閣僚級会談の無期延期を通告した上に、6月の米朝首脳会談の中止まで示唆した。北朝鮮らしさがやはり見え始めた朝鮮半島は、本来の風景に戻ろうとしている。(ソウル 名村隆寛)

信頼できる北の指導者

 4月27日の板門店での南北首脳会談からわずか19日後の今月16日。北朝鮮はこの日に開催予定だった南北閣僚級会談の無期延期を韓国に伝えた。前日、開催で合意した会談のキャンセル。理由は11日から続く米韓両軍の共同訓練だ。同じ日に北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)第1外務次官は談話を発表し「米国の一方的な核放棄強要」を理由に米朝首脳会談の中止を警告した。

 南北首脳会談に続き、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は米朝首脳会談の成功に向け奔走していた。だが、やはり北朝鮮から冷や水を浴びせられた。南北首脳会談で北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が見せた振る舞いに、喜んだ韓国は何だったのか。

 金正恩氏は板門店で出迎えた文在寅大統領と一緒に軍事境界線を北側に越えたり、笑顔で冗談を言ったり、韓国に予想以上のサービスをしてみせた。

 首脳会談直後の韓国メディアの世論調査では、77%余りが金正恩氏を「信頼できる」と評価した。筆者の周囲でも「気さく」「話が通じそう」「人間味を感じる」といった金正恩評が多かった。韓国メディアの多くは「平和への一歩」と称賛。金正恩氏が文在寅氏らに贈った平壌冷麺がニュースや話題となった。

また懐柔された韓国

 この間、韓国社会では賃上げや雇用・失業など日ごろの不満はすっかり忘れ去られ、バラ色の南北関係に世論の多くが目を奪われ満足しているかのようだった。その雰囲気は2000年の金正日(キム・ジョンイル)総書記(当時)と金大中(キム・デジュン)大統領(同)による南北首脳会談当時に似ていた。ただ、金正恩氏は父、金正日氏以上に韓国をうまく懐柔したようだ。

 南北首脳会談を韓国世論の88%が「よかった」と評価。10日に就任1年を迎えた文在寅氏の対北政策を83%が肯定的に評価した。

 日韓関係筋によると、9日に日中韓首脳会談のため就任後初めて訪日した文氏は、南北首脳会談で合意した「板門店宣言」の支持を強く求め、こだわったという。期待に応え安倍晋三首相から3カ国首脳の共同会見で板門店宣言を評価を受けた文氏。後押しを受け、まさに“絶好調”だった。

 ところが、ここに来ての北の変節。韓国では「やはり北だ」との受け止め方が大勢で、「勝手に怒り出す(北朝鮮の)悪癖がまた出た」(朝鮮日報)との見方が多い。韓国統一省は北朝鮮の会談延期通知に「遺憾で、速やかに会談に応じることを求める」と聞き慣れた報道官声明を発表した。

 韓国社会では落胆というよりも、長年慣らされてきた北朝鮮の出方への奇妙な落ち着きも感じられる。つかの間の金正恩ブーム。その生ぬるいムードから現実に目覚めた韓国社会。時は流れ南北双方の首脳も代わったが、2000年の初の南北首脳会談と基本的に変わっていない。既視感のある光景だ。

宴の代償

 板門店宣言のニュースは世界を駆けめぐったものの、中身に新味はない。従来の南北合意文をなぞった程度のものだ。それを金正恩氏が独自のパフォーマンスを展開し、それに乗ってしまった韓国世論が勝手に盛り上がったに過ぎない。

 文氏は米朝首脳会談に先立ち、22日に訪米しトランプ米大統領と会談する。北朝鮮の意図について韓国では「文在寅大統領が北朝鮮を擁護し、米国を説得してほしいという意向も込められているはず」(朝鮮日報)との見方が少なくない。南北首脳会談という宴の代償として、米朝の仲介役を自任する文氏はいつの間にか、北朝鮮から期待を背負わされてしまった。これが現実である。

 北朝鮮という現実に加え、韓国は別の問題を直視せねばならない状況に追い込まれている。経済だ。

日本、世界は好況なのに

 経済協力開発機構(OECD)による景気先行指数の調査で、韓国だけが昨年5月から今年2月まで9カ月連続で下落を記録した。OECD加盟35カ国の平均が2016年7月から上昇し、景気拡大を続ける中、韓国だけ後退しているという。韓国メディアの多くが懸念を込め報じている。

 これ以外にも「韓国経済のみ苦戦」を示す統計が相次いでいる。製造業の雇用減少、最悪の失業者数などだ。同時に、韓国とは逆に人手不足の日本で、定年延長する企業が増えていることが「韓国とは対照的だ」(韓国紙)と強調され、「現在の世界経済は困難どころか金融危機以降10年で最高の好況だ」と取り残される韓国経済への不安は高まっている。

 文在寅政権は南北関係での高い支持に比べ、経済や国民生活の面での支持は低い。金正恩氏の融和的なパフォーマンスに韓国民の多くは、何となく南北和解や統一に希望に満ちた夢を描いた。だが、一方では文在寅政権以下、北朝鮮の人権問題や独裁体制などの現実からは目をそらしている。

 理想はバラ色なのだが、韓国の現実は相変わらず厳しい。隣で日本が人手不足に悲鳴を上げているのを、ただ、うらやましそうに眺めているしかない。認めたくなくても、これも韓国が直面している現実である。