北朝鮮を交渉のテーブルに着席させたのは外務当局にあらず 諜報機関だった!

野口裕之の軍事情勢
5月10日、首都ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地で北朝鮮に解放された米国人3人を出迎え、報道陣の前で話すトランプ米大統領(AP=共同)

 旧知の安全保障関係者からバーベキューに誘われ、東京都内の自宅に伺うと、欧州生まれの奥さまともう一人、白人の外国人男性が既にワインやビールを飲んでいた。安全保障関係者が外国人男性を紹介してくれたが、諜報大国として知られる某国の諜報機関員だった。わが国と某国を取り巻く軍事情勢や文化比較などの話に花が咲いたが、諜報機関員の次の質問は「痛かった」。

 「忍者の国なのになぜ、日本には本格的情報機関がないのか? それは冗談だが、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の許容限度を超える軍事膨張など、世界屈指の危険地帯に位置する日本に情報機関がないとは。異常な国家体制に映る」

 とっさに「リビア」という国名が浮かんだ。というのも、米国のジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が4月末、FOXニュースなどの報道番組に出演し、米ドナルド・トランプ政権が目指す北朝鮮の核放棄の具体的方策について、リビアのカダフィ政権(当時)が核計画を放棄する際に実施した《リビア方式》を「念頭に置いている」と発言して間もなくの頃だったためだ。

 《リビア方式》を粗々お復習いすると-

 《2003年、イラク戦争開始と同時に、カダフィ政権は米英に大量破壊兵器を放棄する意向を伝え、合意に至る。その後、リビア国内の査察と核関連施設の全面接収を行い、核・化学兵器や中距離弾道ミサイルの放棄→海外搬出→完全廃棄が確認され→制裁解除と経済支援を行った》

 《完全かつ検証可能で不可逆的な非核化》の成功例で、軍事圧力と金融を含む各種制裁の成果といえよう。しかし、今ひとつ成功を導いた最大要素の一つは諜報機関の暗躍であった。

 すなわち、水面下の下交渉+リビア国内の査察+核関連施設の全面接収などを、CIA(米中央情報局)とMI6(英秘密情報部)が担った。交渉決裂を何よりも恐れ+強引さを欠き+妥協案に前のめりになり+交渉に時間をかける外務当局は完全な脇役に回った。核・ミサイル問題では「無力の歴史」を積み上げてきた国際機関も単なる「協力者」扱いにされた。

 並行して、カダフィ政権が謀ったパンナム機爆破事件(1988年)の遺族に補償金を支払わせた。爆破事件の死者270人中、米国人は190人、英国人は43人で、CIAとMI6は日頃の「チームワーク」を遺憾なく発揮し、リビアを締め上げた。

 北朝鮮に核&生物&化学兵器と運搬手段たる弾道ミサイルの完全廃棄をのませるべく《リビア方式》を採用するのなら、本格的情報機関のない日本はどう絡むのか? 冒頭、某国諜報機関員の指摘が「痛かった」のは、本格的情報機関がない国家の欠陥構造に加え、関係国との情報交換の場である「諜報機関コミュニティー」に参加できない、最悪の事態が頭をかすめたからに他ならない。

 そうなれば「情報のおこぼれ」にあずかれるか否かは、諜報機関を有する他の関係国の利害が決める。関係国の間で対日情報管制が敷かれていても、日本は気づかない恐れがある。

拉致被害者の所在確認は情報機関の任務

 日本国内に潜む敵性国家の工作員や、科学者、ビジネスマンになりすますスパイを取り締まる本格的機関設立も法整備も怠り、一方的に情報公開を進める政治の在り方は利敵行為である。国内向けでさえこのお粗末で、対外情報収集とその交換に至っては機能不全といってよい。

 安倍晋三政権が目指す「拉致被害者の全員解放」は大いに評価するが、返還交渉が絶望となれば、母国の情報機関が拘束場所を突き止め、国軍の特殊作戦部隊が奪還すべきが筋だ。力足らざる場合、同盟国・米国に協力を求めるとしても、情報機関同士が情報交換する段階がスタート地点となる。日本はスタート地点にも立っていないのだ。

 拉致問題で米国が北朝鮮と取引し、「全員解放」ではない、わが国が受け入れ難い調査・交渉結果を持ち帰っても、独自調査し確認→反論する術すら有していない。

 2014年、CIAなど各種の米諜報機関を束ねるジェームズ・クラッパー国家情報長官(米空軍退役中将)が訪朝し、米国人の人質を連れ戻した手法・条件などを、日本政府が分析していなかったとすれば拉致問題を語る資格はもはやない。

 対照的に、米諜報機関の「進化」は止まらない。

 CIAは2017年、北朝鮮の核兵器と弾頭ミサイルの脅威に対処する新部門《コリア・ミッションセンター》を設立したと発表した。CIAの各部局に分散する北朝鮮問題専門家らを集め、他の米諜報機関とも連携して、これまで以上に高度な情報の収集や分析活動を行う覚悟とみられる。

 CIAは2015年、組織現代化の一環として《東アジア・太平洋》《近東》など地域別や、《対テロ》《対外防諜》など任務別の計10部門に関するミッションセンターを設立した。組織を横断して人材を集め、情報分析の偏向・思い込みを防ぐことが狙い。だが、特定国を対象としたミッションセンターが設けられたのは初めてだった。

 コリア・ミッションセンター設立が発表された当時のCIA長官はマイク・ポンペオ現国務長官。国務長官就任の4週間前、北朝鮮に自ら乗り込み、朝鮮労働党の金正恩委員長と会談している。米朝首脳会談で提示される条件を探る動きだったのだろうが、国務省東アジア政策担当の高官は随行させなかったらしい。

 ポンペオ氏の訪朝前後でも、ジュネーブ(スイス)&オスロ(ノルウェー)&モスクワ&平壌…などで、CIA幹部や密命を受けた特使(CIAのOB)が北朝鮮諜報機関と極秘協議を続行したもようだ。ポンペオ氏自身が訪朝の20日前、米CBSテレビのインタビュー番組で、CIAと北朝鮮を結ぶ極秘チャンネルの存在を認めてもいる。

 さらに、2月の韓国・平昌五輪では、出席したマイク・ペンス米副大統領と北朝鮮のナンバー2である金永南・最高人民会議常任委員長との会談も計画されていた。北朝鮮側の都合で幻に終わったが、ペンス氏側の同席予定者は国務省高官ではなく、CIA高官だったと観測されている。

「安倍憎し」を「エネルギー源」にするサヨク

 かくして、米国と北朝鮮の極秘交渉は外務省系ではなく、《リビア方式》を手本に諜報機関系の活躍で前進する傾向が濃厚となった。もっとも、駆け引きにたけ、脅しのテクニックも学習する諜報機関員の投入は対北外交全体の潮流と化している。

 韓国や中国もしかり。金正恩氏訪中後に韓国を訪れた楊潔●(=簾の广を厂に、兼を虎に)国務委員(中国共産党中央政治局員)が真っ先に会った人物は大統領府の鄭義溶国家安全保障室長だった。鄭氏は徐薫国家情報院長とともに金氏と会談している。国家安保室も国家情報院も諜報機関だ。楊氏にしても、中国共産党中央対外連絡部という諜報機関を統括している。

 ところで、南北首脳会談が4月に開催され、6月12日にシンガポールで米朝首脳会談が予定されている。一連の首脳会談に備え、金正恩氏は3月と今月、中国を訪問し、習近平国家主席を後ろ盾に据えた。北朝鮮と米中韓3カ国の間で対話機運が高まる中、「日本は置き去りにされた」「安倍晋三首相の外交的敗北」と声高に批判する左系の専門家やメディアがある。

 けれども北朝鮮が曲がりなりにも“対話姿勢”をにおわせているのは日米の圧力の成果で、批判は「安倍憎し」を「エネルギー源」にしているとしか思えない。

 ただ、情報機関や軍事力を外交力の「エネルギー源」に組み込まなければ、日本は「置き去り」にされ「外交的敗北」を喫する。

 例えば、近い将来、《AI(人工知能)を駆使したロボット兵士》や《サイバー戦争》の国際協定を決める多国間会合が開かれたとき、またまた政治家や官僚・外交官だけで臨むのか?

 情報機関員や自衛官を参加させなければ、不利な条件をのまされ惨敗となろう。専守防衛を自慢げに掲げながら、専守防衛の切り札だった《クラスター爆弾》や《対人地雷》の保有を、こうした兵器の必要のない国々にまんまと乗せられ、禁止してしまった轍を踏んではならない。

 北朝鮮で拘束されていた3人の韓国系米国人が、CIAの交渉チャンネルなどの働きで解放され米本土に生還した10日、日本の国会では加計学園をめぐる元首相秘書官の参考人招致が行われていた。テレビ中継を見て、野党政治家の多くは情報機関創設に猛反対すると確信した。

 日本国憲法は、祖国の安全を《平和を愛する》国際社会の《公正と信義》に依存せよ、とうたう。日本国憲法が大好きなサヨクの人々は情報機関設立にあたり、拉致被害者は情報機関の手を借りずとも、日本国憲法が帰してくれると、ひたすら自分に言い聞かせるに違いない。