北朝鮮の核実験場は使える? 使えない?

野口裕之の軍事情勢
会談を前に軍事境界線を挟み握手する韓国の文在寅大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=4月27日、板門店(韓国共同写真記者団・共同)

 最近の朝鮮半島情勢をめぐり、筆者も参加する安全保障関係者の研究会で最も問題視されたのは、韓国の文在寅大統領との南北首脳会談(4月27日)で、北朝鮮・朝鮮労働党の金正恩委員長が表明したとされる声明「北朝鮮北東部の核実験場(豊渓里)を5月中に廃棄する」ではなかった。金氏は透明性確保に向け米韓専門家・メディアの招待に触れ、文大統領も国際原子力機関(IAEA)所属の技術者ら国連関係者の立ち会いに言及(5月1日)している。

 願わくば西側情報機関員も加わり長期にわたり現場で監視を続けられれば、核実験場廃棄の真偽は判明する。廃棄がウソなら、ドナルド・トランプ米大統領の「対北攻撃時計」が一挙に針を進める事態となる。

 むしろ、問題となったのは、金氏の次の言葉だった。

 「来てみたら分かるが、既存の実験施設に比べ大きい2カ所の坑道が別にある。こちらは健在だ」

 冒頭の「核実験場廃棄」と、続く「2カ所の健在な坑道」という金氏の発言は4月29日、韓国青瓦台(大統領府)高官が、南北首脳会談(4月27日)で出たものとして「代弁」した。

 既に、核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験の中止を決定した朝鮮労働党の中央委員会総会(4月20日)で《核実験中止の透明性を保証すべく、核実験場を廃棄する》とうたっていた。しかし、総会以降、「大規模核実験で、使用不能となった実験場を廃棄するにすぎない」といった日米中の専門家の意見・論文が続出。こうした《核実験中止→核実験場廃棄》を疑問視し、「核実験はヤル気はあるが、できなくなった」とする見方に、金氏が「2カ所の健在な坑道」を持ち出して「反論」したとも推測可能だ。

 けれども、金氏の「反論」はなぜか、南北首脳会談(4月27日)に際して発出された《朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言》には具体的な形で盛り込まれなかった。2日たった4月29日、韓国青瓦台高官が記者会見で唐突に「代弁」したのは、いかにも不可解であった。「北朝鮮が大好き」な文政権が、金氏は「卑劣な駆け引きはしない」と援護射撃をした恐れはあるが、今次小欄ではさておく。

共産党のネット閲覧・検索妨害は「消臭剤」か?

 文政権のみならず、中国共産党も金氏を援護射撃した形跡が認められる。

 豊渓里核実験場は万塔山の地下に存在するが、中国トップレベルの理系大学・中国科学技術大学の研究チームも当初、実験場は2017年9月の過去最大規模だった6回目の核実験の爆発で《山中に空洞が生じ、山は崩落。地下核施設が使用不能となった》との論文(要約)を、英語版と併せてネット上で公表(4月23日)した。《核実験場廃棄》などを決定した朝鮮労働党の中央委員会総会(4月20日)直後の公表だった。

 研究チームによれば、過去最大規模の核実験で、山は地中の空洞に吸い込まれるように、ほぼ垂直に440メートルも崩落した。核実験当時、豊渓里付近を震源に頻発した地震の地震波を1972カ所の観測所でとらえ、それらのデータなどを詳細に分析。《崩落に伴う放射物資が漏れているのか、継続して測定する必要がある》と、極めて高い危険性を警告した。崩落の規模も観測所数も、実に具体的だった。

 ところが、いつの間にか閲覧・検索が不可能になった。筆者が参加する研究会のメンバーの一人は「4月27日に行われた南北首脳会談のタイミングだった」と記憶をたどった。

 中国共産党によるネットの閲覧・検索妨害は「消臭剤」だと思っていれば間違いない。中国化学技術大学の研究チームの論文が「臭いモノ」であり、中国共産党が「ふたをした」のなら、論文は事実を逆に証明したことになる。

 金氏の中国電撃訪問を受け、習近平国家主席との中朝首脳会談で過去最悪だった中朝関係を復元し、せっかく朝鮮半島問題での影響力を取り戻した中国。「使用不能となった実験場を廃棄したにすぎない」金氏の振る舞いを示唆・強調してしまう中国科学技術大学発の論文は「臭いモノ」だったのだろう。

 ただ、今回の背景はそう単純ではないかもしれない。

 中国科学技術大学発の論文要約がネットに載った4月23日、米国の北朝鮮分析サイト《38ノース》も豊渓里にある核実験場の衛星写真の検証結果を発表。昨年9月の6回目核実験の前後を比較した上で「北側は放棄されたが、西側と南側の坑道は今なお、機能している。豊渓里核実験場は完全に稼働中だ」と断じた。

 撮影年月日の異なる衛星写真を用いて、北朝鮮の核実験場の変化を観察する《38ノース》の実力には定評がある。実際、《38ノース》は、豊渓里核実験場は東部/北部/西部/南部の4カ所の実験区画があり(1)東部は使えず過去に閉鎖(2)北部は6回目の実験で崩落したが(3)西部ではいまだ実験可能で(4)南部は掘削中だと、ブレずに公表してきた。

 従って、今回は金氏の「機能し得る2本の地下実験場坑道」発言と一致したことになる。

複雑怪奇な「学術論争」

 朝鮮労働党の中央委員会総会での《核実験場廃棄》宣言の後、「2本の坑道」について、日米の専門家や中国の大学が「機能不全」→米国の北朝鮮分析サイトが「健在」→金氏本人が「健在」を主張する呉越同舟、複雑怪奇な“学術論争”の場が現出したのである。

 筆者参加の研究会に話を戻す。

 研究会で最も問題視されたのは、豊渓里核実験場内の坑道で核実験ができるか否か。議論は膠着し、一応の結論にすらたどり着けなくなった。そんな時、メンバーの一人が口にした単純だが鋭い?意見に、参加者一同は深くうなずいたのだった。いわく-

 「どうせ、北朝鮮は『段階的非核化』を前面に、朝鮮戦争(1950~53年休戦)終戦交渉→平和条約締結や在韓米軍撤退など体制保障を求め、時間稼ぎをしてくる。つまり、金日成国家主席(1912~94年)が1991年に提唱した在韓米軍撤退=米韓同盟解体を企図した『朝鮮半島の非核地帯化』戦略そのもの。中国を入れた南北米中、日本とロシアを入れた南北米中日露など多国間協議の枠組みが時間稼ぎの道具になろう」

 以上は筆者も考えつく。が、ここより先は、視点をわずかながらずらした考察だった。

 「そもそも、金正恩(氏)が核実験&ICBM発射実験の中止+核実験場廃棄を言い出したのは、6月上旬までに予定される米朝首脳会談にこぎつけたいからだ。坑道が核実験に使えるか、使えないかは、あまり意味を持たない。米朝首脳会談の結果次第で、核実験に使えれば、今後も継続使用するだけ。使えなければ、米朝首脳会談決裂を確信した時点で戦争を覚悟し、北朝鮮国内の別の山中に核実験場を建設。核弾頭の小型化や大気圏再突入など、残り少ない大詰めの最終実験を急ぐだけだ」

 民主主義国家とは全く違う思考回路を有する北朝鮮や中国の出方を探る過程で「異なるベクトル」を描く複数情報に接すると、許容範囲を超えて整合性がとれず、分析の振幅も合理性の許容範囲を超える。「異なるベクトル」に一定の判定はもちろん、仮説すら打ち出せぬ場合、自らの能力を正視し、いずれにも備えるべし。そんな安全保障の要諦を改めて学習したと、深く感じた次第。