財務省に5時間居座りの森裕子氏「パフォーマンスじゃないのよ!」

野党ウオッチ
森友学園前理事長の籠池泰典被告と接見した後、記者団の取材に応じる自由党の森裕子参院議員(中央)ら=3月26日、大阪市都島区(安元雄太撮影)

 自由党の森裕子(ゆうこ)参院議員(61)が3月30日、財務省の決裁文書改竄(かいざん)問題をめぐり、国有地処分に関するデータ管理端末を確認する目的で財務省を突撃した。職員や衛視らが退去要請を繰り返すも、森氏は「国民の代表」たる使命感からか、まったくひるまず、5時間にわたり居座った。財務省職員は迷惑を被っただろうが、森氏は「パフォーマンスではない」と強弁した。(※4月7日の記事を再掲載しています)

 この日の午後3時、森氏は自由党の山本太郎参院議員(43)、共産党の辰巳孝太郎参院議員(41)らと財務省前に現れた。目的の理財局国有財産業務課の扉は施錠されていた。ノックしても応答はない。森氏はテレビカメラの前で携帯電話を取りだすと、声を荒らげた。

 「座りこみをしろって言うの!? もうマスコミが来ちゃっているんです。わざわざ『関係者以外入室禁止』まで貼っている。まだ隠蔽(いんぺい)するんですか」

 電話の相手は、かつて民主党に所属した森氏が与党だったときから知り合いのベテラン職員だという。

 訪問前日に職員に「勘弁してください」と言われたと森氏は明かしたが、森氏と親しいとみられるフリージャーナリストが「(事前に連絡したのなら)アポありですね」と相づちを打ち、森氏は「そうだ」と答えて自身の行動を正当化した。

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 森氏は「武勇伝」に事欠かない。平成15年7月、参院外交防衛委員会でイラク復興支援特別措置法案が採決される直前、スカートとハイヒール姿で委員長席に詰め寄り、机の上に登った。プロレスラーの自民党参院議員が止めに入ったが、顔面も殴りつける大乱闘を演じた。

 16年6月の参院本会議では、参院厚生労働委員長に対する解任決議案の趣旨説明で3時間以上にわたり議事進行を「妨害」する長時間演説を披露し、現憲法下の国会における最長演説記録を更新した。

 日本未来の党の副代表だった24年12月の衆院選では、午後5時の比例代表候補者の届け出締め切りをわずかに過ぎたところで同党職員が総務省に駆け込み、森氏も参戦。「あったはずの候補者名簿が見つからない」などと主張し、手続きが午後10時半に終わるという異例の事態となった。「締め切り後に現れたのに届け出は正当だったのか」「候補者名簿は後から持ち込んだのではないか」との疑念を生じさせた。

 こうした経験を持つ森氏だが、この日は記者団に柔らかなイメージをアピールしたかったのか。冗談か本音か分からない殊勝な言葉も飛び出した。

 「さすがに私も堪忍袋が切れていますからね。『仏の森』と書いてくださいね」

 そんな中、ある男性職員が緊張した面持ちで森氏の前に現れた。

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 「何度か説明させていただきましたが、管理システムには決裁文書以外にも多数の行政文書が含まれています。個人情報もあります。われわれも守秘義務がある以上、閲覧させるわけにはいかない。何度もそう説明しております」

 表情を引きつらせつつ男性職員は理解を求めたが、森氏は怒り心頭の様子。速射砲でたたみかけた。

 森氏「昨日から言っているじゃない!」

 「見せられない理由を言ってください!」

 「見せてもらわないと、はっきりしたことが分からない!」

 「あなたたちは改竄したんだよ!」

 男性職員「こういう状況で職員も萎縮しています。はっきり言って業務に支障も出ています…」

 森氏「当たり前じゃない。改竄したんだから…」

 テレビカメラにさらされながら男性職員は数十分粘ったが、森氏の姿勢は揺らぎそうになく、罰が悪そうに立ち去った。その結果、森氏一行はしばしの間、財務省より「放置プレー」を強いられた。

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 「ネトウヨの皆さんから総攻撃をくらいそうね」

 森氏らは水を飲み始め、雰囲気も和やかになってきた。森氏も山本氏がどこからか運んできた椅子に腰掛け始めると「まったり」モードになった。

 ただ、記者団はそういうわけにはいかない。その日の夕方には民進党の両院議員総会が予定されていた。同党出身者による新党結成構想が承認されるかどうかの瀬戸際だった。森氏らが乗り込んでから、すでに2時間近くが経過していた。

 野党議員の財務省突撃は珍しくない。3月20日には立憲民主党の逢坂誠二衆院議員(58)らが公文書管理の状況を確認する目的で財務省理財局を訪れた。しかし10分足らずであきらめた。

 徐々に森氏の取材をあきらめる記者団に対し、森氏はこう吐き捨てた。

 「私たちはパフォーマンスではないんですよ。物事を動かすために来ている」

 筆者は民進党の取材後の午後9時すぎ、再び財務省を訪れた。入省は断られたが、一部の職員が「森先生は午後8時ごろにお帰りになられました」と明かしてくれた。居座ったのは5時間だったことになる。いったい、何がしたかったのだろうか…。 (政治部 奥原慎平)

 森裕子(もり・ゆうこ)氏 昭和31年4月20日、新潟県新津市(現新潟市)生まれ。新潟大学人文(旧法文)学部卒。平成11年に横越町(現新潟市)議選に当選。13年の参院選新潟選挙区に自由党公認で出馬し初当選。「民由」合併により民主党公認で臨んだ19年参院選も当選した。

 野田佳彦内閣で文部科学副大臣を務めたが、消費税増税に反対して24年に辞任、離党。小沢一郎現自由党代表が結成した「国民の生活が第一」に参加し、その後も日本未来の党→生活の党→自由党と小沢氏を行動にともにしている。生活では一時代表も務めた。

 25年参院選、26年衆院選と落選続きだったが、28年参院選で新潟選挙区の「野党統一候補」として当選し、3年ぶりに国政に復帰。現在は自由党の参院会長を務める。