「マグロ好みの食感」とは? 日本水産の完全養殖はこれが“切り札”だ

経済インサイド
初出荷間近の完全養殖マグロを紹介する日本水産の小林雄二執行役員=3月7日、東京都港区白金台の八芳園(山沢義徳撮影)

 “黒いダイヤ”とも呼ばれるクロマグロ(本マグロ)の完全養殖に水産大手が相次ぎ参入している。世界初の快挙を成し遂げた近畿大のほか、マルハニチロ、極洋に続いて日本水産も3月、平成30年度に7500尾・350トンの出荷を開始すると発表した。世界的な日本食ブームなどを背景に天然物の枯渇が懸念される中、品質や生産量の安定した完全養殖の定着・拡大に寄せられる期待は大きい。

 「刺し身用マグロの国内消費量は年間40万トンに上る一方、国産養殖の供給量はまだ1万5000トンに過ぎず、今後の需要拡大は間違いない」

 日本水産の養殖事業を統括する小林雄二執行役員は新事業の有望性をそう強調する。同社は、鹿児島県薩摩川内市の養殖場で育てたクロマグロを「喜鮪(きつな)金ラベル」のブランドで販売。大分県や長崎県の養殖場にも広げて31年度には1000トンに増やす計画で、「将来的には海外輸出も目指したい」(小林氏)と意気込む。

 世界を見渡すと、水産品の年間生産量1億6000万トンのうち養殖の割合は45%にも上るが、天然物が好まれる日本市場ではまだ25%前後にとどまっている。

 一方で、太平洋に生息するクロマグロの親魚の推計資源量は約1万7000トン(26年)と、半世紀前の16万トンから激減した。水産庁が今年1月、マグロ漁獲枠の国際合意を厳守するために罰則付きの法規制を導入したニュースは記憶に新しい。天然の稚魚を育てる「養殖」と異なり、養殖魚の卵を成魚まで育てる「完全養殖」は、水産資源を保護しながらおいしいマグロを将来にわたって食べ続けるための有力な手段だ。

 それだけに、近畿大水産研究所が14年に世界初のマグロ完全養殖に成功すると、国内外で養殖事業を展開する水産大手がこぞって追随。天然稚魚による養殖の拡大を規制する国の方針もこの動きを加速させた。マルハニチロは27年に、極洋も飼料メーカーとの合弁会社で29年に出荷を始めた。

 マグロ完全養殖の研究を19年に始めた日本水産は4番手となったが、養殖の餌にする生魚を独自に開発した配合飼料などに置き換えることでコストや給餌の手間を軽減することに成功した。

 完全養殖マグロは、卵から3~3年半かけ、40キロほどに育ったところで出荷する。稚魚のうちは、餌として養殖したキスなどの小魚を与えるのが一般的だ。この場合、餌の養殖をマグロの生育度合いに合わせる必要があり、生魚を扱うゆえの手間もかかる。

 そこで同社は、イワシやアジの魚粉を加工したペレット状の配合飼料を独自に開発。さらに成魚用の餌として、大型の魚肉ソーセージに似た飼料「Tセージ」を開発した。「マグロは餌のえり好みが激しく、下手な餌では食い付きが悪い。研究の結果“ぷるん”とした食感を好むとわかり、再現に成功した」(小林執行役員)という。

 また、川上(養殖)から川下(下処理・物流)まで一貫してグループ会社が手がける体制も「喜鮪金ラベル」の強みだという。水揚げしたマグロをそのまま急速冷凍するのではなく、養殖場の目の前の加工場でブロックに切り分けることで、冷凍にかかる時間を短縮し、食べる段階でうま味成分のイノシン酸が通常より20%多くなるようにした。養殖だからこそ実現できた「高付加価値商品」といえるだろう。

 一方で、大きな課題も残されている。生残率の向上だ。日本水産の場合、50万粒の受精卵が300~500グラム程度の稚魚まで育つ割合はわずか2%前後。近畿大でもまだ約3%にとどまり、養殖の歴史が長いブリの17%(日本水産)と比べ、はるかに低い。天然物に代わる大量供給を実現するためには、歩留まりの向上が欠かせない。

 日本水産の小林執行役員は「小売業界でも水産資源の持続可能性に対する関心が高まっており、『喜鮪金ラベル』に対する反応は上々だ」と胸を張るが、「流通量が少なすぎるため、調達の選択肢にするのは難しい」(外食大手)との本音も聞かれる。

 とはいえ、漁獲量に左右されず、品質も安定した完全養殖のメリットは消費者にとって大きい。漁業の担い手不足を補う観点からも、さらなる技術革新が期待される。(経済本部 山沢義徳)

 日本水産 明治44(1911)年、創業者の田村市郎が、山口・下関で国司浩助らと始めたトロール(主に遠洋漁業で用いる底引き網)漁業が始まり。年間売上高は6359億円(平成29年3月期)で、マルハニチロの8732億円に次ぐ国内2位。極洋は2365億円。

 国内の水産大手の基盤となったのは、北太平洋やオホーツク海、ベーリング海でのサケ・マス漁だ。しかし、1970年代に米国とソ連が「200カイリ漁業水域」を宣言して以降、北洋漁業は衰退した。沿岸の漁業権を持たない各社は、海外からの買い付けや養殖事業、海外水産会社のグループ会社化や冷凍技術を生かした食品事業の拡大を進めた。

 国内での養殖事業は成長分野の一つだが、養殖にも漁業権が必要となる。日本水産のマグロ養殖は、傘下に収めた九州のグループ会社、金子産業(佐賀県唐津市)や西南水産(鹿児島県瀬戸内町)を中心に行っている。